TOY

□黙っていれば罪は消える
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※創作100%の後日談



朝の日差しで目を覚ますだなんて一体、どれくらいぶりだろうな。
腕も、足も、腕も、手も、喉も頭も、お腹だって、どこをとってもひとつも痛くないのだから幸せすぎて困っちゃう。
温かい布団の中を楽しんで、だけどせっかくのお天気なんだもん、外にでなきゃもったいない!

がばっと起き上がって窓ガラス越しに空を見上げると、穏やかな森が広がっていた。
パジャマからワンピースに着替えて、鏡の前で髪をとかす。
うわあ、ヴィオラちゃんの金髪ってやっぱりいつ見ても綺麗。
この翡翠の瞳だって。
自分の髪と、えぐってしまった目を思い出してちょっとだけ顔をしかめてしまった。
せっかく楽しくこれから毎日過ごせるのに、私ったらバカだなあ。

ゆるく首を振って考えを打ち消すと、漂ういいにおいに意図せずお腹が「くう」と鳴った。
お腹が減った時に食べ物を、自分で歩いて食べに行ける。
嬉しくって仕方ない。
鏡に笑いかけたら、その笑い方があんまりにも「私」らしすぎて、あれ、どうしてだろう。
この体はヴィオラちゃんのものなのに私らしいなんて。
何度か笑う練習をしてから部屋を出ると、お父さんが鍋に火をかけて何かを掻き回していた。
スキップしてしまいそうなのを抑えて席につけば、お父さんはおはよう、と優しく笑う。

ああ、すごい!
なんて幸せにあふれているのだろう!
私の望んだもの、ちゃんとヴィオラちゃんは持ってた。
私と交換してくれて本当にありがとう、ヴィオラちゃん。


「ヴィオラ、今日は髪を結ばないのかい?」


「え?」


あっ、やっちゃった。
ヴィオラちゃんは綺麗な金髪を三つ編みにしなきゃいけないんだった。
私は彼女のように笑って答える。


「ここがハネちゃったから後で結ぼうと思ってたんだ」


「はは、ヴィオラが髪をハネさせるなんて珍しいな。でももう直ってるみたいだぞ。そうだな、じゃあ、今日の予定は?」


「森に遊びに行ってくるね」


「森に?」


お父さんは心配そうな顔になった。
そりゃあそうか、昨日もあんなに帰るのが遅くになってしまって、それでいて「化け物」に襲われかけたんだもん。
娘を心配してるんだな。
愛情に思わず笑顔になる。


「大丈夫だよ、遠くには絶対に行かないから!」


お父さんはそれでもまだ心配そうな顔をする。
面倒くさいな、そんなに心配なら、私を縛り付けて手元に置いておけばいいじゃない。
ムッとして、出されたスープを飲んだ。
あったかくて美味しい。
愛情一杯のそれに私は笑ってお父さんに愛情を返すとお父さんは少し寂しそうに笑って、気を付けるんだぞと最後にもう一度言った。


「はあい」








私はすぐに部屋に戻って三つ編みを結い上げてみた。
む、ヴィオラちゃんって器用だったんだな、すっごくむつかしいや。
奮闘しているとやがて、鏡の端に見覚えのある黒猫の姿が映った。
あ、と思わず声をあげると彼は楽しそうにくつくつと喉で笑いながら顔を見せる。


「ちゃんと脱出できたんだ。よかったね、まだ代わりの体は見つかってないみたいだけど」


『君こそ、首尾よく成り代われたんだね。どうやったって違った雰囲気だけど』


「……どういう意味」


返答によっては鏡を割って、この悪魔を鏡の破片の中に永遠に閉じ込めてやろうかと思いながら問う。
彼はからからと明るく笑った。


『そのままの意味だよ。君はどうやったって君のままだよ。ヴィオラちゃんには、なれない』


「そんなことない。そんなこと、分からないないじゃない」


少しだけ鏡の黒猫が萎縮したようにしっぽを垂れ下げているのを見つけて、自分の優位性に浸る。
私は幸せになる、幸せな女の子。
人差し指を鏡にくっつけると、不安そうに猫の姿が揺らいだ。


「だってそんなこと言っても、私はもうヴィオラなんだから」


『……そうだね』


何か言いたそうだった猫は、長い時間をかけてその言葉にすべてを収束させた。
そうしてゆらりとしっぽを揺らして、鏡の奥に引っ込もうとする。
寸前、彼は寂しそうな声で私に向けて呟いた。


『本当に永遠にいなくなっちゃったんだね。さようなら、エレン』


「バイバイ、××××」


久々に呼ばれた名に、私も彼の本名を口に出すと、黒猫は黒猫らしくにゃあと一声鳴いて、消えていった。
きっと誰かが私の名を呼ぶのは、これが最後だったろう。


「ヴィオラ、出掛けるが、くれぐれも気を付けるんだぞ」


「うん。お父さんも気を付けてね」


扉をノックして話しかけてくれる声に、私は返す。
愛にあふれた、幸せな日々が続くように夢見ながら。


 黙っていれば罪は消える


title by:亡霊












魔女の家は本当にとても面白いですよね……!
この面白さを私も文字を並べることで再現したいと思ったんですけど、やっぱりナニコレ?感がすごい。
エレンの、自分の欲望に従順なところが好き。
従順でいながら、かなりの異常性を持ちながら普通に振る舞える、ってすごいいいキャラしてんなと思います。
でも私はヴィオラの方が好きです。

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