TOY

□午前三時のお茶会
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(ヒビモモ)



私の味覚はある日を境に狂ったらしい。
お兄ちゃんが言うのだから間違いない。
ともかく私はその「ある日」以降ずっと変な味のものしか好きになれないらしい。
私としては好きな味のものに難癖をつけられるのだから全く、ムカつく話なのだけれど。
お兄ちゃんいわく、この味音痴は私の目に関係しているんだとか。
目立たせる要因のひとつなんじゃないか、って。
今となってはもう元から素質があったのかも、なんて言われたって分からないけれど。
私の好きな味たちは、そんなにも変な味なのかな?
とっても美味しいのに。


「はあー……」


「ため息つかないでオバサン。幸せが逃げてくよ」


「うう。もうずいぶん前から逃げてるよー。じゃなかったらこんな私、辛くないもん」


例のごとくアジトで、今日は私は普通のホットケーキを食べている。
時刻は草木も眠る丑三つ時すらゆうに越した、12時間ずれたおやつの時間。
このホットケーキはヒビヤくんが焼いてくれた。
とろりとしたハチミツをかけていただくそれは、それはもう美味しいことだろう、普通なら。
しかし、私の狂った舌には耐えきれないのだ。
もっともっと、違う味を加えたい。
このふわふわ感を楽しむより先に、シロップが染み込むより先に、激辛麻婆をかけて氷を乗っけて、お茶漬けのもとを振り掛けたい。
絶対そうした方がより美味しいのに、私は不満で仕方ない。


「でもさ、言ったじゃん。モモのそれは視界の暴力なんだって。だから諦めて、普通のものを食べられるようになって」


真向かいに座るヒビヤくんは私の飲み干したグラスにお茶を注ぎながら、少しあきれたように言う。
みんなとご飯食べたり、したいんでしょう?
そう言われてしまえば私はぐうの音も出ない。
メカクシ団のみんなでレストランに行ったのは、ついこの間のことだ。

思い思いのものを注文した私たちだけれど、私の頼んだものを見てみんな顔を歪めた。
よみがえる、あのカノさんすら引いたような顔。
おそるおそるといった風に切り出してくるマリーちゃん。
まさかそれ、全部混ぜちゃうの?
口を押さえてほぼ全員が席を立ったのだから、確かに視界の暴力だったのだろう。
こんな時間にアイドルが間食するのはそんな理由からだ。
いや、説明になっていないかな?
でも普通のものを普通に美味しく食べられるように練習するには、この時間帯じゃないとみんな案外集まっているので。
つきあってくれているヒビヤくんは平気そうな顔をしているけれど、眠くないのかな。
なんだかやっぱり申し訳ない。
そう思いながらもみじんもそんな調子を含ませないようにしながら、ほおをもごもごさせながら彼に言う。


「普通に食べられないわけじゃなかったんだけどなあ。ほら、団長さんが作ってくれたご飯も、私、普通に食べられたし」


「こそこそドレッシングかけまくっておきながらよく言うよ」


「うぐっ、」


どうしてバレている。
気管に入りそうになったホットケーキをげほげほしながら元のルートに苦心して戻したら、視界は涙ににじんだ。
それはさっぱりこのホットケーキの味が私にはもう、分からなくなっているというのも理由のひとつにあって。
せっかくヒビヤくんが私のために作ってくれたのに。
なんだか寂しいなあと思った。
私は美味しいものを、美味しいと普通に食べられないのかな。
この先もずっと、みんなと美味しさは共有できないのかな。
残り一口となったけれど手が止まってしまう。
これ以上、何も思わないのに食べるなんて。
うつむいてフォークを下ろすと、かしゃんと小さな金属音。
ヒビヤくんの顔を見れないでいると、ヒビヤくんはため息をついた。


「じゃあ今日はここまでにしておいて、また練習は今度にする?」


「…………やだ。ぜんぶ、食べる」


「え?」


ぼろりと、こらえきれず耐久性のない瞳からは涙が落ちた。
ぼたぼたとパーカーに染みていく。
ぬぐいもせずに落とし続けるのは、なんだかとってもみっともないなあ。
止められないのだけれど。


「そんな無理して食べることないし、いいよ。モモはモモの好きなように食べて。僕はもう、見慣れちゃったし」


彼の言葉がとっても優しくて、私を気遣うものだからいけない。
違うの、私は、あなたの作ったものを美味しく食べきれないのがふがいなくて。
どうして私は食べることすらできないのだろう。
美味しいのに。こんなにも甘くてふわふわで、美味しいのに。
ごめんね、ヒビヤくん。
流れるものをぐいっとぬぐって、私はフォークに刺したそれをゆっくりと飲み下した。
やさしい甘さ。
こんなんじゃ足りない、足りないけど、この甘さに舌先が痺れたようで上手く言えない。


「ごちそうさま!」


とっても、美味しかったよ。
わざと明るく言うと、蛍光灯の光が白い皿に反射してヒビヤくんのびっくりした顔を照らすのがよく見えた。
私の下手くそな笑い顔に騙された振りをしてくれる、やっぱり優しい彼は、困ったようにまゆげを下げる。
それを見て私はまた安心した。
だって、よかった。
彼はまだ私に笑いかけてくれる。


 午前三時のお茶会

 title by:花畑心中











お題の「甘噛み」が明らかに方向性が変わってしまったので。
どの辺りが甘噛みなの自分……!
暗い?モモはあんま書いたことなかった気がするので新鮮でした。
しかし夜中に甘いものを食べるのはいくらアイドルでもアウトかな。

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