TOY

□甘噛み
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(ヒビモモ)



「ね、ヒビヤくんのこと食べてみてもいい?」


「は?」


何を言っているのか意味が分からなくてモモの顔を思わず見たけれど、彼女は真剣な表情をしていた。
僕の目をまっすぐに見て迷いを見せながらもきちんとゆっくり口を開く。


「いや、その、これにはちゃんとした理由があって」


たとえどんな理由があったとしても人を食べるとか食べないとか、そんな話になることはないと思うのだけれど。
口をわずかにモゴモゴさせて、モモは続けた。


「ほら私って、味覚がちょっとみんなと違うじゃん。だから私の好きなものは全部変な味だ!って言われちゃって」


「モモの味覚はちょっと違うってレベルを越えてるでしょ」


「え、ひどい!」


さすがに、全部変な味だというのはさすがにひどくないかと僕でも思ったけれど。
組み合わせが異常なだけで、モモだって普通のものを食べているのだから。
まあ、組み合わせが異常なことは僕にも否定はできない。


「でもヒビヤくんならきっと美味しいと思うから、私の好きなものは全部変な味ってわけじゃないと思ったんだ!」


「っ!」


はちゃめちゃな理由だ。
わけがわからない。
それでも僕が思わず息を詰めてしまったのはモモが僕のことを「好きなもの」に分類してしまっているからだ。
僕がモモの、好きなもの。
別に好きな人、ではないのだし息なんて飲む必要ないのだけれど、僕は。


「ふ、ふーん。でも食べるって、腕とかを?」


「ち、違うよ!?そんなことしないよ!ちょっとだけ、その、…………かじる、だけ?」


「かじる?」


食べられたいわけじゃない。
でも意外だったから、興味もあって聞いてしまう。
モモはその辺りを自分でもあまり考えていなかったようで曖昧に首をかしげながら話した。


「ヒビヤくんが死んじゃったりいなくなったりするのは、嫌。食べたいわけじゃないから、味見するだけで」


「…………」


味見。
何だかちょっと複雑な気分だ。
考えが突飛すぎるしこの人は本当にわけが分からない。
じとっとした目で見ると、モモもモモで思うことがあるらしく曖昧にひきつった笑顔を浮かべている。
アイドルやってんのにどうしてこんなに不器用なんだか。
ドラマの主演が決まっているだか何だか言っていたけれど、はたしてその役も大丈夫なのだろうか。


「やっぱりダメ、かな」


心配そうに、しおれながら寂しそうに言うのはだからって反則だと思った。
そんなことを言われたらたとえ朝比奈日和が好きだと心に決めていたとしても、不覚にもドキドキしてしまうから。
少しは自覚してほしい。
いくら目を「奪う」能力だからって、それだけではアイドルになれるわけじゃない。
裏付けのできる、根拠がそこにはあるのだ。
モモは贔屓目に見なくても普通にその辺を歩く人より数倍か可愛い。
変なところばかりが目立つけれど。


「…………。いいけど、一回だけだからね」


だからって許してしまう僕は相当絆されているよなあ。
言ってしまったあとにため息をついた。
モモは緊張したように声を震わせて、僕の肩に手をかける。
これまでなら何も感じなかった一挙に僕もびくびくしてしまうのは仕方ない。


「わ、分かった。大丈夫!すぐ終わるから!」


前例なんてないだろうにモモは一生懸命に言うものだから少し笑ってしまった。
それに気づかないで彼女は僕の服の袖をするするとまくっていく。
タンクトップのように肩がまるっと見えるようになったところで動きを止めると、僕と目を合わせた。


「!」


赤色に染まったわけでもない目だけれど、モモがきっちり僕を見ていたせいで僕は一瞬、思考を奪われた。
気づいたらモモは少し体を屈めて僕の腕の付け根に、歯をあてていて。
かぷり。
噛み千切るはずもない、子犬や子猫のような甘噛みだった。
それでも薄く歯形は付いただろう。
少しの違和感と痛みを皮膚にちくちくと刺激する。


「ご馳走さま、ヒビヤくん」


嬉しそうに言うのだからカニバリズムかよと思ってしまってちょっと引くけど。
照れたように恥ずかし気にはにかむのモモは素直に可愛いと思えて。


「そう。お粗末様でした」


やっぱり可愛くないのだけれど、冗談にしては皮肉りすぎなのだけれど僕はそう返してしまうのだった。










書いていて途中でカニバリズムっぽいなとやっと気付いた(遅い)

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