TOY

□足りない
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(レイエ)


おやつにしましょうか、と切り出したイエローは慣れた手つきでギャルソンエプロンをつけた。
彼女の家を訪れる頻度は確かに高くなってきていて、しかしそのような行動をとられたことはなかったので俺は少々驚いてしまう。
エプロン姿というのがまた新鮮で、深青色に金髪がはえて綺麗だと思った。


「えっと、レッドさんって甘いもの大丈夫でしたよね?」
「ああ、うん。俺も何か手伝おうか?」
「レッドさんは今日はお客さんなんですから、ぜひ座って待っていてください!」


嬉しそうに言われてしまえば従うしかなかった。
張り切っているようだし、ここは彼女の言葉に甘えて座っていることとしよう。
対面式のキッチンではないので彼女を後ろからしか見ることはかなわない。
イエローが動くたびに長いポニーテールが揺れる。


「切った食パンをボウルに入れて、牛乳と卵と砂糖と……」


小さく呟きながら彼女は作業を進めていく。
はじめてのことだからより思うのかもしれないけれど、こういうのっていいなと思った。
俺は炭しか生産できないからこうやってイエローがおいしいものを作ってくれるのを眺めていられるのは、ありがたいし嬉しい。
何より俺に振る舞うために作ってくれているのだと言うことにどうしようもなく浮かれてしまう。
きっとだらしのない顔になってしまっているから、彼女が後ろを向いてくれていてよかったと思った。


「すみません、急に言い出して待たせちゃって」
「いや、謝ることないだろ。ありがとな。まあ確かに、急にどうして作ってくれるのかなとは思ったけど」


イエローが屈んで、フライパンを取り出しながら言うものだから言葉を選びながら返す。
言葉を選ぶというのはむつかしいことだと心底思う。
上手いこと自分の気持ちをきちんと、伝えられないから俺はまだまだだ。
これだけ長いこと母国語を使ってきているのに歯がゆい思いをするなんて情けない限り。


「いつも、レッドさんが買ってきてくれたものしかおやつに出せなかったんで、ボクも何かお出しできないかと思ったんです。
ボクの思うおいしいもの、レッドさんにも食べてもらえたらな、って」


彼女の顔は見えない。
見えないけれど、見ることはかなわないけれど、彼女の顔色は何よりも赤く染まった耳が雄弁に表していた。
そんなことを言われてされて、こっちだって何も思わないはずがない。
今度こそ言葉に迷って、俺は結局「そっか」と「ありがとう」しか言えなかった。
長いことかけておいてそれだけ。少し声も震えるのだから、我ながら本当にどうしようもない。
じゅー、イエローはボウルの中のものを焼き始めた。
香ばしくて甘いにおいが換気扇に吸い込まれきれずに立ち込める。
きゅう、と胃が締め付けられる気がしてお腹がとたんに減るのだから現金だ。


「できた!」


慎重に慎重に、皿に盛り付けてイエローは声をあげた。
俺も待ちきれなくってうずうずしてしまう。
白い皿に盛り付けられていたのは少し焼き目のついた美味しそうな黄金色のパンたち。
おいしそう、と無意識に感想がこぼれてイエローはエプロンをはずしながら席について俺に笑いかけた。


「フレンチトーストです。ありきたりな甘いものなんですけど、ボクこれが好きで……」


ごにょごにょと恥ずかしいのかうつむいて、言葉の終わりはよく聞き取れなかった。
彼女の顔を覗き込もうとすると慌てたように顔をあげて、おいしくしようと思って作ったんで食べてくださいと急に言われる。
そうか、手料理なんて初めてだから不安なのだろう。
こんなにおいしそうなんだから不味いわけないだろうに。
たとえ不味くとも、そんなこと言うわけないのに。
後者を懸念しているのだろうかと思うと、女の子ってむつかしいなと思う。
まあなにはともあれ出されたフォークを手にひとつとって口に入れてみた。


「フレンチトースト、実は俺、食べるの初めてなんだ」
「そ、そうだったんですか!?」


驚いたようなイエロー。
でもそんなに驚くことだろうか、別に珍しくないような気もするけれど。
ドキドキしながら感想を待っているだろうイエローに、俺は続けた。


「美味しい。もっと食べたくなっちゃうな」


イエローは少し困ったように笑って、こればっかり食べるのは体に悪いですから、時々で十分なんですよと言う。
これだけ甘いのだからそれもそうかもしれないけれど。
もっともっと甘くても大丈夫な気がしてしまうのは何故なんだろう。
もうひとくち食べて、甘ったるい味を舌の上に転がした。


「……じゃあまた今度、作ってくれるのを楽しみにしてるよ」


最後のひとくちを飲み込んで彼女に照れ笑いして見せると、彼女も赤くなりながら照れ笑いを返してくれた。












フレンチトーストが好きです。
レイエは互いが恥ずかしがっているイメージなので「照れ笑い」ばっかり使ってしまうなと今更だけれども書き終えてから気づいた。

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