TOY

□力を無くした蝉の声に祈る
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(月島蛍)



季節の巡りを早く感じる。
あんなにも暑くて際限がないかのような錯覚を植え付けた夏はいつのまにか遠退いて、すっかり今では気持ちのいい風が窓から吹き込んできている。
虫の声がかすかに聞こえてくるものだから本当に季節が巡るのが早い。
そういえば蝉が鳴きだした日はそのことに気が付いたのに、鳴くことがなくなった日には今年も気付くことはなかったなと、何となく思った。
空に浮かぶ点在する白雲をぼんやりと見上げていると山口にタオルを手渡された。
汗をふけということだろう、受け取って異論もないので素直に使った。


「ツッキー、何見てたの?」
「別に。特に何も見てないけど」
「そっか」


会話が途切れた。
先輩たちが練習メニューについて議論を交わしている声や日向と王様がいつものように言い争う声に体育館は飽和している。
互いに僕らは前を向いたまま熱が引くのをただ待っていた。
数分経てばまた練習が再開される。


「ねえ山口」


尋ねたのは何となくだった。
意味も理由も、特にない。
ただ何となく少し、気になったものだから。
山口はなあにツッキー、とだけ言って僕の方を向いて少し首を傾ける。
僕は山口の方を見ることもなく続けた。


「今年は蝉がいつから鳴いていなかったか、覚えてる?」
「え?蝉?」


コートを見たままに言ったからかバレーに関係がある話だとでも思っていたのだろう、そうでなくとも唐突だから驚くのは無理もないか。
山口はどうだったか思い出すように人差し指で頬を掻いて、うーんとうなってから迷ったように言った。


「どうだろう。確かに最近はもうあんまり聞かないけど、でも俺、今朝も聞いたよ。鳴いてるセミの声」


言葉が出そうになった。
まさかまだしぶとく鳴いていたとは、生きていたとは思わなかった。
いたんだ、と口の中でつぶやく。
まだ、いたんだ。


「そうなんだ。意外」
「急にどうしたのツッキー?蝉のこと気にするなんて珍しいね」
「五月蝿い。何でもいいでしょ、別に」


ごめんツッキー、僕が本気で怒る気がないのと同じように軽く謝って彼もまた黙る。
僕はそれに甘えて三角座りして立てた膝の上に頭をのせる。

何度か遠征があって、何度も練習した。
その度に頑張れば頑張っただけ辛くなると思った。
思ったのだけれど、何だか他の人たちを見ていると自分も他を投げ打ってでも練習できたらと憧れて。
僕もやりたいと、思って。
そんなことをしても後から自分が辛い思いをして後悔するだけなのに。


「僕はもう、蝉が鳴いているか知らないけど」


知らないけれどまだいるなら、どうか僕のちっぽけな悩みも持ち去ってくれはしないだろうか。
僕が一番よかったと思える最善の未来に、僕を導いてはくれないだろうか。
蝉なんかに頼むのは馬鹿らしいことで、僕の悩みにきっと山口も気付いているだろう。
気付いていて、彼は、何も言わない。
本当にもう、何が正解なんだろうか。
自分でも分からないままに、僕はバレーに、打ち込んでいってしまうのだろうか。僕は。


「休憩終わり!練習再開するぞー」
「おース!」


日向が主将の声かけに元気よく反応する。
顔をあげると頭に乗っていたタオルがぱさりと、床に落ちた。


「ツッキー、行こう」
「分かってる」


心配そうに山口が僕の目を覗き込む。
ああもうすぐ山口は、僕に何か言ってくるんだろうな。
僕があんまりにも情けないから。
でも僕はそれを期待してしまっている、この時点でもう僕は、お前の思ってくれてるようにカッコよくはないんだよ。
山口、お前の言葉で僕は先に進めるだろうか。
なんて、他力本願すぎる考えを軽く頭をふって打ち消した。
蝉の次に友人だなんてひどすぎる。
そうそう都合よく物事が進むとも思えない。
でも、それでも、これから先の未来がよりよいものであればと思ってしまう僕は誰より臆病だ。
自分では何もしないで行き詰まってわだかまりを抱えて、くすぶっているだけだから。


「…………あ、」


声をあげずに羽ばたいて窓を横切る蝉がいた。
一瞬、目で追いかけてしまって、だけれどもう自分のレシーブの番だからすぐに視線を前へ向ける。
こんなにも簡単に目線は変えられるのに、悩みは昇華できないままなんだろう。
少しだけいつもより綺麗に返せたボールに口角が上がったのはきっと、


 力を無くした蝉の声に祈る
 title by:白々










月島くんがお誕生日だと聞いて急いで書きかけのものを当日に書き終わらせたものです。おめでとう!!
何かこう、ツッキーはうだうだ考えすぎなんだよなって思います。そこが好き。
むしろそこを掘り下げてガンガン書きたいけど、きっと気苦労ばかりで大変だろうから考えすぎなくていいと思う。
上手いこと部活を続けるうちに心情が変化すれば、いいなあと思っている。

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