TOY
□泣けないオトナの末路
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(菅原)
全てを掛けてきたかと言われたら確かに、そうではないのかもしれないと妙に冷静な頭で思った。
俺はずっとバレーをやってきた、時には辛かったり苦しかったり、それでもやってきた。
そのことは嘘じゃない、嘘のはずがない。
けれどそれがイコールで繋がってすなわち、バレーに全てを掛けてきたのかと問われてしまえばどうだろう。
俺はその解答をつまらせる。答えが、出ない。出せない。
「……さん、菅原さん」
帰路につきながらぼんやりと、そんな考え事をしていたからだろうか。
名前を呼ばれてハッとして振り返ると影山がいた。
いつもなら声をかけられた時点で誰が自分を呼んだのかということくらい解るものなのに、どうやら俺は思ったよりも深く考え込んでいたようだった。
「ごめん、どうした?ちょっとボーッとしてた」
「いえ、そんな俺も、たいしたことじゃあないんですけど」
誤魔化し笑いを浮かべながら返せば影山は少し慌てたようだった。
やっぱりこいつは圧倒的に人との会話に慣れていないなと改めて思う。
人をよく見ているのだから気づくことも多いだろうに、きっと言えないのだろう。
いやこの場合、影山の語彙力の問題かもしれないけれど。
ひどいことを勝手に考えている間に影山は、その、ともごもごと切り出した。
「俺は王様とかって、もう、呼ばれたくないです」
慎重に言葉を選んでいるらしくそれだけ言うとスニーカーの先に視線を落としてしまう。
何も言わずに待っているとしばらくしてまたゆっくり口を開いて、俺の目をまっすぐ見据えて言った。
「どうしたらいいですか。信頼とか、そういうの、どうやったらできるものなんですか」
きゅっときつく結ばれた口を見て、ああこいつは本当に真剣なんだなと思った。
真面目で、そう、こいつこそバレーに全てを掛けているんじゃないだろうかと思える。
影山の世界はバレーを中心に回っていて、きっとこれから先に何があったとしても影山の世界はバレーを中心に回っていくのだろう。
バレーに関わっていくのだろう。
「…………強いな、影山は」
ぽつりと返せた言葉は全くもって質問の答えになっていなかった。
慌てて取り繕おうとするも上手い言葉が見付からない。
数メートル先で日向と西谷が笑いあっているのが見えた。
ひどく遠くに思えるのは何故だろうか。
そろそろ坂之下に着く頃だから大地あたりが静かにさせるのだろうな。
「影山は上手い上にストイックで、まだ成長しようとしている。苦手なことだってなんだってこうやって、克服しようとしている。すごいよ、お前」
ただ純粋にそう思った。
思ったつもりだ、どす黒くて汚い気持ちは今、ここにはない。
影山はどう思ったのか俺の言葉に何も言わず、俺の目を見るばかりだった。
影山は人と話すときに、特に先輩と話すときは、しっかりきちんと目を見て話す。
礼儀正しくていいことなのだけれど、俺にはちょっぴり気まずかった。色んな意味で。
「信頼なんて、もう、みんなしてるよ。俺に寄せられているそれはただ単に過ごしてきた時間で培われたものだから。影山にすぐこれも、抜かされてしまいそう」
「そんなことないです。信頼って、とてもむつかしいのに、脆くて。壊れるのは一瞬だ」
経験者は語る、と言うと嫌な言い方になってしまうのだけれど事実その通りで、影山が言うからこそその言葉は重かった。
さすがに言い返せず俺も口をつぐむ。
信じて頼る、それだけのことだけれどそれだけのことではないから、とてつもなくむつかしい。
「影山はちょっと言葉が足りなくて突拍子がなくて、それでいてバレーが大好き。そのことをもうみんな分かってるから、お前は何も心配しなくていいんだよ」
いつもしわをよせている眉間をピンと人差し指で小突いてやる。
少しだけ下がっていた眉毛がぴくっと上に上がった。
「まず影山が信じなきゃ、みんなだってなかなか信じられないよ」
からかうように言うとッス、とだけ返された。
俺の解答はあまりお気に召さなかったようだ。んー、これはむつかしい。
俺は影山にバレないように頭を掻いた。
納得してもらうにはもっと時間がかかるだろうか、いや、俺の言い方や説明の仕方にも問題はあるのだけれど。
「なあ影山、」
「なんすか」
そこのセッター二人、肉まんいるか?!
大地の大きな声が届いて、合わせていた目をパッと影山は反らした。
そのことに俺は何だか似たような感覚を思い出す。
誰かから視線を反らされたくらいでそんな、いらなくなったかのように思われたと錯覚するなんて女々しいにもほどがあるのだけれど。
「悪い、やっぱ何でもないや。行くべ」
「はいっ!」
元気よく返事して影山はみんなのもとに走っていく。
その背中を見て、俺はこんな風にこれから数ヵ月間ずっとこいつの背中を追うことになるんだなと再認識した。
言い掛けていた言葉は宙に落ちて不格好。
そもそも声に出しても「お前は俺がバレーに全てを掛けているように見える?」だなんて問いはとても、情けない。
「俺も最初から、もっと、バレーに全て掛けていたらあそこにいられたのかな」
誰に言うでもないこの呟きもぜんぶぜんぶ、情けなくてどうしようもない。
ぶつけようもない感情の中で過去の自分が泣いていた。
あの日、バレーを初めてから頑張ってきたことは全部、無駄になってしまったというのか?
「スガ!早くしないと田中たちに肉まん食われるぞ!」
前方で手招きして呼んでくれる同輩に、いつまで呼んでくれるだろうかなんて思ってしまった。
いつまでなら待っていてくれるのか。
そんなこと言えはしないから俺は少し早足になって彼らのもとに急ぐ。
ああ、素直にこんな時に気持ちを言えたり、泣けたりするようなキャラだったら、よかったのに。
泣けないオトナの末路
title by:告別
菅原さんってこんなイメージ。
こんな感じの暗め?の話をとてもたくさん書きたい。