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□奪うからこそ宝石は美しい
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グリーンから見たサファイア
彼女を初めて見たのは確か、今からかなり前のことだったと記憶している。
ジョウトの師匠の元へ修行に出る前、おじいちゃんと一緒に、ナナミ姉ちゃんが
出たいと言ったコンテストに出場するため、わざわざホウエンに行った時のことだった。
「ナナミもいるし、ホウエンまで来たついでじゃ。寄ってもいいかのう?」
ガキの俺に優しくそう言って向かったのは、いわずもがなオダマキ博士の研究所。
お子さまはこちらへ、不本意な言葉にむくれながらも誘導されて大人に付いていけば、
部屋の中央には豪勢なフリルのたくさんついたドレスを着た女の子。
うわ、と思った。
正直引いた。
俺の回りにはそういう風な、分かりやすく女の子みたいな格好をしているのは
ナナミ姉ちゃんくらいで、新鮮だったのだ。
子供心にカルチャーショックを受けたのだ。
文字通り、文化圏が違ったものだったから。
「こんにちは。あなたは……オダマキ博士の娘さん?」
「初めまして。サファイアです」
ちょこん、とスカートの端をつまんで持ち上げて礼をしたサファイア。
俺も姉ちゃんに倣って頭を下げる。
「私たちはオーキドの孫なんです。
私がナナミで、この子はグリーン。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧なそれは優雅で、圧倒させられた。
聞いた話しによればサファイアは、俺よりも年下とのことだったから。
ナナミ姉ちゃんと、女の子同士だからか楽しく遊んでいた様だけれど、トイレにだったか、
ナナミ姉ちゃんが席を外した時があった。
その時に俺は、こっそり聞いてみたんだ。
「……煩わしくないのか?」
「なにが、ですか?」
小首を傾げて言うサファイア、全く俺の聞きたいことを分かってないようで、あまり言いたくはないけれど口に出した。
「博士の子だからといって、相応の振る舞いを強要されること。
今みたいに、敬語で話させたり」
「……………」
少しだけうつむいて、この年頃の子はしないであろう大人びた儚い笑みを浮かべ、サファイアは答えた。
「辛かったりは、しません。
でも時々、羨ましくはなります。
それでも私にはこんな風な“今”に満足して、このままでいいと思っています」
それは諦めていると言うかのようだった。
祖父と父。
彼女の父もきっと、無理して博士になろうとしなくてもいいと言っているだろう。
けれど世間はそんなことをさせはしない。
どれだけ俺たち孫が、子供が別のことを望もうと、その肩書きは外れはしないのだから。
「そんなこと考えたって、どうにもなりませんから」
ナナミ姉ちゃんが戻ってきて、小声にすれ違い様言われた言葉は聞き返すことなんてできなかったけれど。
それでも、サファイアもサファイアで苦労しているのだと理解した。
博士の子は、楽じゃない。
ひっそりと仲間意識を抱いたりしたものだ。
前に姉ちゃんにそんな話をした時には、笑いながらさとされただけだったから。
思えば姉はその頃から、随分前から俺よりもずっと、大人だったんだ。