いろいろ

□スピカは愛を歌わない
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(キョウトウ)

彼女は頭を窓の方に倒して、何だかぼんやりと風景を見ているようだった。
今日はとてもいいお天気でがたんごとん、と定期的に揺らされるのも相まってまぶたが重くなりそうだ。
僕は彼女の後頭部を見ながら、彼女と初めて出会ったのは一体いつで、どこでだったかっろうかと何となく思った。
だって今さらだけれど僕と彼女の関係は薄っぺらいものだ。
出身地も年齢も、性別も最初のポケモンも違う。
繋がりといえばチェレンさんとベルさんを介してあるくらいだ。
こうやって二人を引き合いに出すと彼らよりも彼女との共通点の少なさがより顕著になってしまうのだけれど。
今日みたいにきれいな青空は広がっていなかった。
彼女と出会ったのは夕暮れ時で、しかもパラパラと小雨が降っていた。

「……何か用?」

ジョインアベニューの手前の道路の下で彼女は雨宿りをしていた。
オーナーさんと約束したからには顔を出さなきゃなと思い向かっている道中の、道路の下だ。
頭上では車が走り抜けていく音が途絶えない。
小さな彼女の声は意識しなければ掻き消されてしまいそうだった。
僕はぶしつけな視線を向けてしまったかもしれないことを謝った。
こんなところに人が立ってるなんて珍しいからちょっと見てしまったのだ。

「あの、少し行くとジョインアベニューがあるんで、ここよりもそこに行きませんか?」

僕が声をかけると彼女は面食らったようで、数度ぱちぱちとまばたきをした。
そりゃあ初対面なのに急に何を言い出すと思うだろう。
でもこんな排気ガスだらけの場所で雨が止むのを待つよりも屋根のあるちゃんとした場所に行った方がいいだろうと思ったのだ。
雨に濡れているようだったし、これを機にジョインアベニューに通ってくれたりしないかな、なんて下心もあった。
我ながら不純だ。

「風邪、引いちゃいますよ」
「……お人好しだね」

そうだろうか。僕は首をかしげる。
彼女はそう言って少しさびしそうに笑った。
僕は思い当たることも同意できることもなく曖昧に笑う。
車の音に紛れてしとしとという雨の音が耳に届く。
しばらくの間の後、彼女はゆっくり口を開いた。

「ごめんなさい、私は行けない。私が旅をしていた頃はここにあんなもの、無かったの。だからちょっと入りづらくて」
「そう、ですか……」

年上だろうとは思っていたけれどイッシュを離れていたのだろうか。
驚いて彼女の顔を見ると彼女はもう一度ごめんなさい、と言った。
上手くいかないものだ。
そこから言葉を繋ぐすべを僕は知らなくて、何も言えずに口をもごもごさせて前方を見る。
明るい光が霧雨でぼやけて見える。

「じゃあ、その…………すみません」

気まずくて頭を下げてジョインアベニューに走った。
訪れる人の案内をあらかた終えてからビニル傘を買い、外に出ると雨は上がっていた。
空には星が輝いている。
あの星は何だっけ、そう確か、スピカだ。
前にテレビでやっていたのを思い出す。
おとめ座で最も明るい恒星が真っ先に目に入った理由も分からない。
そんなに星を見る方でもないのに。
ただ、春の夜の青白いそれの輝きは優しかった。
僕は歩いていって彼女がいた場所に傘を立て掛けてヒウンシティに向かった。
また会えるか分からないけれど追いかけたら少しでも会える可能性を上げられる気がして、そんなの無駄だって、分かっていたけど。
僕はぐるっと気がすむまでヒウンを回って、そうしてからライモンシティに向かった。
彼女には会えなかった。




「キョウヘイ?」

現実の、目の前の彼女は外を見るのに飽きたのか振り返って僕の方を向いていた。
何ですかと言うと「何か今、考え事してたでしょう」と笑われる。
そりゃあ僕だって考え事くらいする。
不満な顔をしてみせると彼女は声を出して笑った。

「ごめんごめん、またバトルのことでも考えてたのかなと思ったら、本当にバトルが好きなんだなあと思って。キョウヘイは可愛いなあ」

可愛いとはあまり言われたくないのだけれど。
カッコいいだとか頼りになるだとか、そんな風に言ってくれる日ははたしていつになったら来てくれるのだろう。
まだまだ二人っきりの休日は始まったばかりで、今日こそそんな風に言わせられはしないだろうか。
遊園地のある通い慣れた場所がアナウンスされる。
たまにはポケモンたちに頼らずにこうやって、正真正銘ふたりだけで過ごすのもいいかもしれない。
僕は立ち上がって彼女に右手を差し出した。車体が止まる。

「バトルも確かに好きですけど、今はトウコさんのこと、考えてましたよ」

デート中にそんな野暮な真似しませんと付け加えると彼女は肩をびくりと震わせておずおずと僕の手に指先を乗せる。
顔は残念ながら見えないが、ちらちらと覗く耳が珍しく赤い。
この調子ならもしかすると僕のちっぽけな願望は意外とすぐに叶うものなのかもしれない。

「トウコさんはずっと窓の外ばっかり見ていて僕のことはほったらかしでしたけど」
「そ!そんなわけ!」

いけない、早く降りなければ電車がまた走り出してしまう。
最後まで聞かずに彼女を引っ張って立ち上がらせ、下車するとすぐに扉は閉まり次の駅へと向かっていった。
無理に引っ張ったために彼女はすっぽり僕の腕の中に入ってしまっていて、失敗したなあととっさに思った。
こんな状況、どうしていいか分からないしこの先どんなことを話していいのか分からない。
意識しすぎてしまってこれじゃあダメだ。
ともかく彼女と少し距離を開ける。
平常心、と心の中で唱えながら遊園地に行きましょうと上ずってしまう声で先導した。

「ま、待って!」

危機迫った声で言われたら振り向かないはずがない。
彼女は僕の服の袖をひかえめにつまんでいて、視線を斜め下に向けながら呟くように告ぐ。

「私、デートとか初めてで、その……よ、よろしくね」
「え…………?」

すると外を見ていたのは過去を懐かしんでいたわけでも何でもなく、もしかすると僕とのこれからに緊張していただけなのか。
僕と同じように。
そう思ったら僕も彼女の緊張が伝染したように恥ずかしくなってきてしまって、上手くやれる自信なんてやっぱり僕にはなくなってしまった。
カッコいいと言ってもらえるようになるには、まだまだ時間がかかりそうである。

 スピカは愛を歌わない
 title by:√9









もっとキョウトウ増えてもいいと思うんだ……!

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