いろいろ

□たとえ君との間に恋があっても
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(キョウ→←メイ)

彼のことは昔から知っていた。
だってそんなには大きくもない町だったし、彼は小さな頃から優しくてアクティブで色んな人に好かれていたから自然と耳に入ってきたのだ。
たぶん彼は私のことを知らなかった、と思う。
本人に直接確認をしてみたことはないけれど、彼の口から私のことを知っていたようなニュアンスの言葉はこぼれたことがない。
それは少しさびしくもあったけど、今は隣に立ち肩を並べて一緒にバトルができる。
だからどうでもいいや、なんて思えてしまう私は単純なんだろうな。
緩んでしまったくちもとを空になってしまったポップコーンの容器で隠しながらシアターを出た。
彼の新作映画はかなりの人気作となっていて席はほとんど埋まっていたから場内を出るのには時間がかかった。
みんな感想を言い合っていて興奮冷めやらぬ様子で、全然混雑だってしなかった。
彼はすごい。
スクリーンにいなくたって十二分にヒーローたりえる。
外に出ると太陽が眩しくて私は思わず目を細めた。
休日ではないのに賑わっている。
新作ブロマイドですよ、と言う元気な声に誘われてふらふらとワゴンに近付くとおじさんは私の顔を見てニヤリと笑んだ。
ちょっとどきりとする。

「誰のブロマイドをお探しで?」
「え、えっと……」

買いに来たわけではないのだけれど商売上手なのだろうおじさんは目を反らしてくれない。
私は口をもごもごさせながら彼の名前を告げた。
何だか恥ずかしい、こうやってこっそり彼の写るものを見るなんて。
売り物になるくらい人気者な彼で映画だって上映されているのだからこっそりも何もないかもしれないけど。
いけないことをするようで心臓はさらに強く早く動いた。
おじさんは「はいよ」とブロマイドを手渡してくれる。

「っ、…………!」

息が詰まった。
だってだって、こんなキョウヘイくん、知らない。
映画はバトルとは違う楽しさがあると前に言っていたけれど本当にそのようで、彼は目をきらきらさせて楽しいと叫んでいるようだった。
一生懸命な姿がそこにはあった。
ページを繰ると違う衣装の彼がいてどんどん見ていってしまう。

「で、お嬢ちゃん。買うかい?」

声をかけられてハッとなった。
これは売り物で、ここは屋外で、目の前には知らないおじさんがいて。
とたんに恥ずかしさがぶり返してきていけない。
私は頬に血が昇るのを感じながらも首を縦にふった。
毎度、の声に代金を支払って走ってその場を去った。
買うつもりなんてなかったのに、でも私には買わないなんて選択はできるはずがなかったのだ。
こんなにも笑っている彼をもっともっと見ていたいと、心のどこかがずっと主張し続けているものだから。



無意識のうちに何度もはあ、と息が出てしまうのだから重症だ。
バトルボックスに預けたメンバーを手持ちと入れ換えていたはずなのに気持ちが遠くに飛びすぎてしまっている。
彼のブロマイドなんか買ってしまうからだ。
一度自宅に帰っておきたかったが予想していたより時間がなくて問題のそれはまだビニルをかぶってかばんに入ったままである。
これから彼に会うというのに。
たぶんないと思うけれど万一これが彼に見られたら、何と言おうか。
いや、隠すことなんて本当はないのだけれど。
出身地が同じだということも、彼に言えないでいるのは私のちっぽけな恥ずかしさが邪魔をするからだ。
もう小さな子供でもあるまいのに。
はあ、とまた息を吐くとライブキャスターが唐突に大きな音をたてた。
びっくりしてしゃきん、と背筋がのびる。
そこではじめて私は自分が猫背になっていたことに気付いた。
そんなことにも気付けなかったなんていよいよ末期か。

『ごめん。メイはもう着いてる?』
「そうだけど、どうしたの?」

走りながらかけているようで画面は揺れていて彼は息を乱していた。
困ったようにまゆげを下げているのはさっき見た演技ではないもので心臓が大きく脈打つのを感じる。
彼は演技がうまいのだけれど、それでもやはりどこか演技とは違いが生まれてしまうようだ。
これは彼の素の表情。

『俺まだ手持ちのメンバーそのままで……ちょっと待っててもらっててもいい?』
「なんだ、そんなこと。そんなに慌てなくってもいいよ?私、待ってるから」
『本当にごめん!ありがとう!今度何かおごるよ!』

彼がじゃあ、と言うとプツリと通信は途絶えてライブキャスターにはノイズが走った。
最後にポケモンセンターが背後に少し見えたから、駆け込んだのだろう。
ここに来てやればいいのにと思わなくもないけれど、もしかしたら旅の間に使った道具の補充も一緒に済ましてしまいたいのかもしれない。
端のベンチに移動して腰掛けると行き交う人たちとは違う世界にいるような気がした。
ポケモンセンターに走る人、これからの挑戦に拳を握る人、仕事でどこかに向かうのかスーツ姿で電話を掛けながら忙しそうにしている人、たくさんいる。
私は誰を待っている人に見えるだろう。
親しい友人か、はたまた思い人か。
今度何かおごる、とは親しい友人に向けてなら普通の言葉なのだろう。
意識していないからすんなり言うのかな。きっとそうだ。

はあ、息が出ていってしまうとボールの中のポケモンたちは何だか心配そうに私を見た。
ああ、そんな顔させたいわけじゃないんだけどな。むつかしい。
私は彼をそういった気持ちで見てはいないんだ、だから、全然さみしくなんて、悲しくなんてないんだ。
そう思うのは錯覚に過ぎないんだ。
親しくなったから、もっと近付きたくなってしまったの。
こんなに仲良くなれただけで十分なのに。
かばんの中の少し固いものに手が当たった。
それは言わずもがな件のあれで、私はそこでぴったりの言葉を見つけた。

「メイ!」

名前を呼ばれた。
顔を上げると息をはずませながら走ってくる彼。
私はとくんという胸の音に対するいいわけを、腰につけたボールの中の彼らに呟いた。

「私はキョウヘイくんのファンなんだ。だからブロマイドだって買っちゃったし、映画だって全部見ちゃったし、ライブキャスターがかかってくると嬉しくなっちゃうの」

だからね、これは恋なんかじゃないんだよ。
恋なんてものだったらもうこんな風には話せなくなってしまうかもしれないんだから。
そんなことになるくらいなら恋じゃなくていい。
私は彼と違ってただのエキストラでヒロインにはなれない。
私は彼が息を整えるのを待たずに手を引っ張った。
ヒロインはこんなことしないし、できないでしょう?

「ほら、行こう!」

かばんの中でブロマイドが踊る。
色んなものにぶつかって「それは間違ってる」と叫ぶようだったけど、私は聞こえないふりをした。
こんなにも幸せな今があるのだから、間違いも何もない。
元気に「うん!」と返してくれる彼に背を向けて、私は緩むくちもとに叱咤した。
だから、これは恋じゃないんだって。





 たとえ君との間に恋があっても

 title by:√9



















恋があっても関係を壊したくなくて恋心を見て見ぬふりするキョウ→←メイでした。
あんまりキョウヘイ出てこないし描写もできなかったけどキョウヘイもメイのこと好きです。
ポケセンに寄ってから来るのは身だしなみを整えてからメイに会いたいからです(どうでもいい)。

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