いろいろ

□きみよ止まれと呪っても、振り返らずに行ってしまう
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(ヒビ→←モモ)



僕にとっては別段珍しくもなんともない通い慣れた通学路だったけれど、都会育ちの彼女はそうでもないらしく興味津々といった風でいちいち立ち止まっては飽きずに風景を眺めていた。
その度に土地勘があるはずの場所でも迷う彼女を、たとえこの先は一本道をまっすぐ行くだけだと教えていても放ってはおけなくて僕も立ち止まる。
ぶわあと一際強い風が吹いて、ざわざわと木々が、森全体が揺れた。
それにも肩を震わせ彼女は顔を上げて目を向ける。
すごいなあ、と何気なくだろうが彼女の呟いた言葉に思わず僕は隠しもせずため息をついてしまう。
こんなことくらいでいちいち感嘆していては身が持たないし時間もなくなってしまう。
こんなの当たり前すぎて小さな子でも素通りするレベルだっていうのに。
もう風は止んだが一向に動こうとしない彼女に僕はしびれを切らして前に回り込んで声をあげた。

「もう!時間ないんでしょ、もっと早く行かなきゃダメなんだってば。僕の学校に行きたいなんて言ったのはおばさんの方なんだからしっかりしてよね!」

時刻はすでに午後4時を半分以上過ぎていた。
せっかく今日は5限授業でそこそこ早く帰ることができたのにと思うと恨めしい。
でも下校途中でバスにモモが乗車してきたんだからしょうがない。
今をときめく人気アイドルのくせしてこんなところで何をしているんだか。
聞けば、この近くで写真集用に撮影をしていたらしい。
まだ健在の目の力のせいでそういった写真ではポピュラーな浜辺などには行けなかったと彼女は言った。
相変わらず能力のコントロールが下手くそだ。
一時は神がかっているほどに上手く扱えるときもあるというのに不思議だ。

「ごめんごめん。ヒビヤくんがしっかりしてくれてるからついしっかりするの忘れちゃって」
「しっかりするのを忘れる、ってどういうことなの……」

非難がましく彼女を見ると彼女は気まずそうに頬を人差し指で掻きながら笑った。
それよりも本当は、僕はおばさんと言っても特に何も言い返してこなかったことに違和感を覚えたのだけれど、何故だかそのことは自分から言い出せなかった。
それじゃあ僕が訂正されるのを毎回待っているみたいで、何だか恥ずかしい気がしたものだったから。
再び彼女が歩き出したのを確認して先導のために前を行く。
せっかく前を歩いていたのに追い付いてきて、すぐに隣に立たれてしまったけれど。

「それにしても、なんで僕の学校なんて見たいわけ?普通の学校だよ?」
「だってヒビヤくんの通ってる学校だよ?そりゃあ普通の学校だろうけど、でも見ておきたいよ。どんな所なのか気になるし」
「ふーん……」

そういうものなのだろうか、何だか釈然としない。
分かる気がするような、全然分からないような。
隣の黒と明るい橙のようなツートンカラーがちらちら視界の端で揺れる。
そっちに意識を向けないようにと話を振ったのにすぐに途絶えてしまった。上手くいかない。

「おばさんは最近、どうなの。僕の家ではテレビとかほとんど見ないから分からないけど、ヒヨリが忙しそうって言ってたけど」

一生懸命に探したっていうのにそんな話題しか僕には絞り出せなかった。
少しの間があった。虫が、鳥が、草が音をたてるから決して静まり返っているわけではないけどいつも騒がしいのに喋らないと変な感じ。
僕は心配になってちらっと彼女を盗み見た。
見上げた彼女はどこか遠くを見つめていて、僕に気付くとふっと表情を和らげた。
やはりその目の能力から、人一倍視線というものには敏感なのかもしれなかった。

「ヒヨリちゃん、私のこと見てくれてるんだ。嬉しいなあ」
「ヒヨリはこの辺じゃ絶対に誰にも負けないおばさんのファンだからね」

熱狂的なファンだということ以外にも彼女はこの辺じゃ絶対に誰にも負けないとも言えそうだったけれど、それは余計なことだったから僕はそれ以上は続けなかった。
ゆっくりと、でも確実に時間が流れていく。
そろそろ学校が見えてくる辺りだろうか、変な時間に来たけれど帰りはバスに乗れるといいな。

「ヒヨリちゃんに私がここに来てるって、連絡しなくていいの?」

モモが僕に話を振ってきたのは、今日初めてのことだった。
アイドルだから当然なんだけど自信あり気な言い方に僕はみけんにシワを寄せてしまう。
僕にとってはモモはアイドルとかではないから。
少なくとも僕には、僕の前では彼女はただの年上の知り合いにすぎなかった。

「ヒヨリに知ってたのに知らせなかったどころか一緒にいたなんてバレたら、大変なことになりそう」

どこか他人事のような風に僕の口は動いて、モモはおかしそうにクスクスと笑った。
大変なことって抽象的だなあ、ヒヨリちゃんはそんなにひどいことをしないでしょうと言うけれどそれはモモがヒヨリをよく知らないだけだ。
彼女に逆らえばここでは生きていけなくなるかもしれないのだ、ヒヨリが何もしなくともこの地には何たって一流アサヒナーが何十人といるのだから。
かくいう僕も低級ながらアサヒナーだったけれども、それは今はおいておくことにする。
僕がため息をつくと、横にいる彼女は意地の悪い笑顔を浮かべた。
シンタローさんにより似てる気がする。
兄妹なのだから当たり前だとは思うが。

「あっれえヒビヤくん、そんなこと言っていいの?ヒヨリちゃんのこと、好きなんでしょ?」
「…………」

僕の気分は一気に悪くなった。
さっきまでもそこまで良くはなっていなかったけど、だって最悪だ。
誰のせいだと思いながら睨むと全く心当たりがありませんという風に首をかしげられる。卑怯だ。

「ヒビヤくん?」

学校にもかなり近づいたというのにモモはそちらに見向きもしなかった。
こちらを覗き込まれて身長差に、埋めることのできない年齢差をひしひし感じて僕はくちびるを噛んだ。
なおも僕の顔を見ようとするモモに、僕は顔を上げてしまって、目が合った。

「何、そんなに僕の好きな人が知りたいの?」

くちびるの端を持ち上げたのに、何でか声は少し震えた。
そりゃあ、知りたいけど、と迷う素振りを見せてから言い淀みながらもモモは答えた。その答えが痛い。
後悔しても知らないよと言うと彼女はそこで言葉を飲んだ。
ひかえめに口を薄く開いて、彼女が告げたのは意外なものだった。

「そうじゃなきゃ応援する側にいられなくなっちゃう。私はヒビヤくんを、応援しなきゃ、いけなくて。応援したいのに、私は、」

無意味そうな単語の羅列はまだ続きそうだったけれど口は閉ざされてしまったから、続きは聞き取ることができなかった。
そこにひとつの仮定が、都合のいい考えが思い浮かんで僕はごくりと唾を飲み込む。
もしモモが僕を好きになったと悩んでいたとしたら。
そうだとしたら、僕は。

「あのさ、モモ」

声に出して彼女の名前を呼んだのは本当に久し振りだった。どれくらいぶりだろう。
いつも意地をはって「おばさん」とばかり呼んでしまうから。
でも、ずっと呼びたかった。呼んでみたかった。何度でも。

「僕が好きな人を教えてあげるから、代わりにヒヨリにこのこと、黙っていてくれる?」
「え?うん…………。いいよ」

モモはしっかりとうなずいて僕の前で膝を曲げて、手を耳に当てて僕のくちもとに近付けた。
内緒話だ。これは、本当に。

「僕が、好きなのは、」

夕暮れの日差しが僕たちを照らしている。
鳴る学校のチャイム音が五月蝿いけど心音に掻き消されそう。
一旦落ち着こうと息を吸い込むと、彼女の心配した瞳に僕が写って、僕はそこに遠くを見る。
モモはここにいるのにどこか遠くにいるみたい。
僕も早く、早く大人になりたい。
ちゃんとした意味で隣を歩いてみたかった。
こんな、小さな子供扱いなんてされないようになりたかった。
叫ぶ彼女の名前は、一斉一代の告白は、僕にとって忘れられないものになりそうだ。
僕は彼女の名前を呼んだ。
年の差なんて時間の隔たりなんて、なくなってしまえばいいのに。


 きみよ止まれと呪っても、振り返らずに行ってしまう

 title by:へそ



















久々すぎてすごい迷子ですね!何が何だか分からないよ!!
もっと素敵なタイトルを上手いこと生かせることができればければよかったのに…。
ヒビモモも好きだけどシンヒヨも好きです(唐突)

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