いろいろ

□冷えきった袖のなかの指がいとおしいんでしょう
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(グリブル)


どこに行きたいか聞いてみたら意外と普通の定番のデートスポットを元気よく返されるのが常だった。
どうしてなのかなど深く考えたことはこれまでにはない。
どうせこいつのことだからこんなにノリノリなのは気持ちが悪ふざけの延長線上にあるからなんだろうな、くらいに思っていた。
だってこれまでもそうだとしか思えないノリでたちの悪いことをされている。
本当に何でこんなに俺たちは続いているのだか、自分でも心底不思議に思う。
……唐突なことに思わず話の流れを変えてしまった。
隣を歩く彼女を見やるが、別段いつもと変わらなさそうだ。
仕草も、雰囲気も、表情も。
冒頭にあるように俺は、いつものように彼女に問うていた。
昨日よりも寒い気がする日だった。
2月に入ってばかりのころで、暦の上では春でも吐き出す息はまだ白いし厚手のマフラーもダウンも手放せない。
毎日ではないけれど、時々、帰る頃に彼女がジムの前まで来て一緒に帰ってくれることがある。
それは付き合いだしてからずっとで、春や秋はともかく夏や冬は若干の申し訳なさと嬉しさが混じりあってしまっていて、俺は上手く話すことができなかった。
そうでなくとも口が回る方ではないから、もしかすると彼女に感付かれていないかもしれないが。

今度の週末、どこに行きたい?
休みだということはすでに知られているので聞けば、もうあらかたそういった場所には行き尽くした感のあるころだったからかブルーはそうね、とまず曖昧に返してきた。
そうして照れくさそうに、じゃあプラネタリウムはどうかしらと提案する。
俺がうなずくと彼女は幸せそうにマフラーの下で笑みをこぼした。

「グリーンのお陰で行きたかった場所に大体行けちゃった。ありがとね」

そこで初めて彼女がこれまで歩んできた人生を鑑みて、ハッとしたのだ。
彼女の人生はある男の手で歪な形に変えられてしまっている。
それはもうどうしようもないことで、受け入れて先に進むしかないことだ。
でも受け入れたって、過ごせたかもしれない時間が取り戻せるわけじゃない。
つまりブルーがいつも張り切りすぎなくらいに定番のデートスポットを上げるのは当然ともいえたことだったのだ。
あの男から逃げ出したのがずいぶん昔のことだからといって、彼女が行きたい場所に自由に行けるようになったわけじゃない。
だってまだ子供だけで、それに彼女はしっかりして面倒を見るべき相手がいたから。
節約だってしただろう、娯楽施設に縁がある暮らしを送れていないに決まっていたのだ。

「……別に、ありがとうなんて言わなくていいだろ。俺も行きたくて一緒に行ったんだ」

気付いたのが今この瞬間だったから、俺は何だか苦い顔を浮かべてしまっていたかもしれない。
言葉と表情の間の矛盾を見てか、ブルーは明るくからからと声をあげて笑った。
ひかえめでないそれは俺たちらしくもあったけれど、恋人らしさの欠片もなくて溜め息が出る。
一応は本当にそう思ったから言ったまでなのにこうも笑われると気分はだだ下がりだ。

「そう。そうね。そういうことにしておこうかしら」
「っ、おい!」

何だその言い方、と思ったのだけれど分かってるわよとでも言いそうな顔を向けられてはかなわない。
緩く口が弧を描いているのだから、ムキにならなくともいいかと思えたのもひとつだろう。
さっきついたばかりだから溜め息は自重した。
そういう風に溜め息はするものではないけれど。
何はともあれブルーが楽しそうなのだから、それで全部いいってことにしておこうじゃないか。
惚れた弱みと言うやつだろうかなんて思いながら、少しだけ強引に彼女の手をとった。
ぶあついマフラーもモコモコのダウンも手放せないのに手袋をしないのはこの為だけ。
袖の下で握りしめていた手は互いに氷のようだった。
明るい部屋で手のひらを広げたら紫色に見えるんじゃないだろうか。

「手袋くらいすればいいだろ」
「あら、それはグリーンも一緒じゃない。私はいつもはしてるのよ?でも今日はちょっと、忘れちゃった、だけなの」
「この間も同じこと言ってなかったか?」
「もー、うっさいわね!あんたも同じでしょ?」

確証はないけれど、きっと次に会うときもブルーは手袋をしてこないのだろう。前と同じように。
繋ぐ手の感覚は消えそうなほどで、かじかんでいるけれど手を繋ぐ前よりも心が温かくなったから十分だ。
ぐいと引っ張って彼女の手ごとポケットに突っ込むとブルーは少し、ぽかんとした顔を見せた。

「…………あったかい」

まっすぐに目を見てくる。
純粋な気持ちまでもが目から伝わるようで、これはいけない。
だから俺は申し訳なさも感じるのに嬉しくも思ってしまうのだ。

「片方くらい手袋してきたらどうだ」

ぶっきらぼうに言うのが照れ隠しなのはとっくに割れているけれどこればっかりはどうしようもない。
分かっていたって変えられないことがある。
変えようもないことがあるのだ。
彼女はいたずらっ子のように茶目っ気たっぷりに笑むと続けた。

「グリーンとどっちの手を繋ぐかなんてその時にならなきゃ分からないんだから、手袋のしようがないじゃない」

俺は今度は我慢せずに溜め息を吐いた。
いつもいつも俺が車道側に立つことは、どうやら分かってもらえていなかったらしいものだから。
ぎゅっと握ると彼女も握り返してくれた。
彼女が気付くはいつになるだろう、冬が終わるまでに気付くだろうか。
でも俺から言うことは無いだろう。
どちらからでも俺と手を繋げるようにしているなんて、とてもいじらしいではないか。
俺と同じように手を握りしめて寒さを逃がしているだろう反対側を想像して、どうしようもなくこいつが好きなのだなと客観的に思って、何だか気恥ずかしくなった。
プラネタリウムに行く必要がなさそうなくらい、空にはたくさんの星が輝いていたけれど、これも言ってしまうのはきっと野暮なことだろうから俺は彼女と足跡を並べるだけにした。


 冷えきった袖のなかの指がいとおしいんでしょう

 title by:へそ

















そんなこと思ってないで風邪ひかないように手袋させてやれよと思う。
手袋あるのとないのとでだいぶ違うと思うんだけど。

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