いろいろ

□嘘はだめ、でもひとつしかない真実はもっとだめ
1ページ/2ページ




(ゴークリ)

公共交通機関は嫌いだ。
バスは始発ならほぼ確実に一番後ろの席を確保できるからまだマシだけれど、電車なら最悪。
例えば乗車したら多くの人は電子端末をいじるだろう。
その他にまばらに読書に興じたりだとかスケジュールを確認したりだとか、寝ていたりだとか、単語帳をめくったりだとかするかもしれない。
交通機関を利用すると気になってしまうのは、何もしないでボーッとしている人だ。
その人は広告を見ていたりする。路線図を見ていたりする。
けれど、いつだってずっとそんなものを見続けているわけじゃない。となれば、と私は思うのだ。
私が交通機関を嫌いだと思う要因、それは、いつだって誰かに見られるかもしれないこと。

「見られたら困ることを交通機関でするのか?」
「そ、そうじゃなくて!」

博士の論文の発表に同行して遠出した先だった。
無事に発表を終え、今日はもう直帰でいいと言われたので博士とは別れ何となくウィンドウショッピングをしていたら目の前をシルバーが歩いているではないか。
別に通信手段が無数にある今、いつだって連絡を取れないことがあるわけではないけれど久々だったから、一緒に話し込むと結構な時間がたってしまい、そろそろ帰ろうという話が出た頃。

「今朝みたいに発表前の論文を持っていたとして、その確認をしようとしても見られるかも分からないのよ?」
「交通機関でやろうとすること自体が間違っているだろ。公共物なんだから他の人と共有して使っているのは当たり前で、そこにあるのは個人の空間じゃないんだから」
「う…………」

その通りではある。シルバーの言うことは正しい、間違っているのは私だ。
でも思ってしまうのだ、電子端末という個人情報の、個人の空間の塊のようなものを持ち歩きどこでもできるこの時代、みんな交通機関を利用したって個人の空間を展開している。
隣に座ったって隣席のその人はその人の空間にいて私のことはすぐ忘れるだろう。

「確かに交通機関を個々の空間として利用する人は多いから、クリスもおかしくはないと思うけどな」

ふてくされていたらシルバーはフォローするように苦笑しつつ言ってくれた。
こういうところを見ると変わったなあとしみじみ思う。
昔なら言語両断だっただろう、それに比べてあいつは、変わったのかしら。よく分からない。
シルバーの意見にもそれもそうかと納得できてきて、最初に提案されたように交通機関で一緒に帰ることにした。
いざとなったらママを呼んで、ヘリで迎えに来てもらえないかなあなんて甘いことを考えていたのは内緒だ。
普通はヘリで送り迎えなんてしてもらわないわよね。
全然そんなの普通の女の子のすることじゃない。
自分で思っておきながらそこに行き着いて、ちょっとへこんだ。

バスに乗り込むも休日だったこともあってそれなりに人が入っている。
私たちは後方の二人掛けの椅子に座った。
残念ながら一番後ろの座席ではない。
居心地悪く感じられてもぞもぞ動いてしまう。
暗い窓にシルバーの横顔が映る。

「シルバーはどこまで?」
「送っていく」
「そんな、いいわよ!呼び止めてこんなに遅くまで引き留めちゃったのは私なんだから」
「暗いと物騒だろう」
「そんなに私、弱くないもの。大丈夫よ」

なおもシルバーは心配そうに何か言いたげにしていたけれど、そのたびに私が大丈夫と言うからかもう何も言わなかった。
代わりに少しだけポケギアをいじる。
マナーだと思い彼が電子端末に触る間は私も自分の端末に目を落とした。
通りで暗いわけで時刻は午後七時を半分以上過ぎている。お腹も空くわけだ。
ホーム画面をぼんやり見ていたらいつの間にかシルバーも操作を終えたようで窓の外を見ていた。
暗い道路に無数のライトが交差していて、見慣れないせいか何だか幻想的だと思った。綺麗だ。
そのあともいくつかの停留所でバスは止まり、何人か乗ってきたり下りたりした。
私の下車する場所は終点なので現在地を確認する必要もないから気楽なものだ。
気が抜けて、眠たくなってきた気がする。

「ゴールドは元気か?」

それだけが理由ではなくて、不意に振られた話題に反応が遅れたのは彼の話が今出るとは思わなかったというのもあった。
何であいつのこと私に聞くのよと言うと連絡をとっていないのかと意外そうに返された。
そんなに意外かしら。最近ちょっと忙しかったから連絡できなかっただけなんだけど、と話してしまってからハッとした。
何でこんなに言い訳のように私は話しているのだろう。
そんなつもり、ないっていうのに。
幸いシルバーは他意なく聞いてくれているようで大変だったんだなと同情さえしてくれた。
申し訳なくて心苦しい。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ