いろいろ

□嘘はだめ、でもひとつしかない真実はもっとだめ
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私が何も言わないでいると「だったら久々にメールでもしてやったらどうだ。直接言うよりやりやすいだろう」なんて助け船を出してくれた。
私はそうかその手があったという気持ちで、慌ててポケットに仕舞ったポケギアを引っ張り出す。
メール作成画面を展開させると車内アナウンスが地名を告げた。
シルバーが身動ぎする、きっとこの辺りで下りるつもりなのだろう。

「シルバー、今日はありがとね」
「いや、送れなくてごめん」
「別にいいのに」

言ってから立ち上がるシルバーのために体を席に寄せた。
考えてみればこの並びは先にシルバーが下りるのだから失敗だった。
動きに、眉をひそめられでもしたのだろう、彼は後ろに座る乗客に軽く頭を下げて通路スペースに立った。

「あ、」

本当に、本当にたった今、思い出したかのように声をあげて立ち止まる。
彼は意地の悪い笑顔を浮かべていた。
実質的な繋がりはないはずなのに彼の姉の笑みとそれがだぶって見えて悪寒が走る。
逃げろと脳内でけたたましく警報が鳴ったけれどどうすることもできない。

「どうせだからもう、いっそのことあいつへの久々のメールで想いも伝えたらどうだ?」

ちょっとあきれたような、軽い言い方は本音が混じっているように聞こえるからたちが悪い。
小さな声だったけれど、もしかしたら近くの乗客には聞こえてしまったかもしれないくらいの声量で、私は一気に頬に血が昇るのを感じた。
急いで背中に投げつけたなけなしの弁解は、はたしてシルバーに届いただろうか。
彼は振り返ることなくバスを下りていってしまった。

「私、そんなこと、思ってない…………」

背もたれに体重を預けきってつぶやく。
両手の中のメール作成画面はさっきのままで止まっている。
シルバーにしてやられた。
一日中ずっと優しかったのに最後の最後だけあんなんてあんまりだ。溜め息をついて窓側の席に寄る。
まだまだ先は長く、揺れるバスはどのくらい走るだろうか。
すき、と打ち込んで予測変換に現れた漢字に直されたそれにカッと顔が燃えるように熱くなる。
何してるんだろう、あり得ない、こんなの遅れるはずがないじゃないか。
連打で打ち消すとさっき書いた普通の、元気ですかだとかいう文面も全部消えてしまっている。
手のひらで踊らされているようで情けないやら何やらで私は一旦、手を投げ出した。
何も今日、今、送らなければならないわけでもない。
対抗車線を見ていると懐かしい声がシート越しに掛かった。
思わず面食らう。
びっくりして上手く事態を処理できない脳はそれでもさっきのように危険信号を発信した。

「んだよ、送らねーの?」

バッと振り向く。振り向くに決まっていた。
乗車したときにはいなかったから、後から乗り込んできたのだろうか。
そんな、いつだろう?
シルバーが下りるまではずっと通路側にいたのに、気付かなかった。
ひょっとしてうとうとしていた時だろうか。
その頃なら見逃していた可能性は大いにある、というか、あくびを噛み殺すのに必死だったあの時以外に思い当たる頃はない。

「嘘、何で、いつから……!?」

ぐちゃぐちゃのまま言葉がついて出た。
当たり前のように前髪を爆発させている彼は私の様子に軽く笑った。
頬杖をついて窓に顔をくっつけるようにして話す。
何だか小さな子供のすることのようだと思った。
それがかえって彼らしく思えてあきれる一方で安心する。

「シルバーの野郎が、遅くなったからクリスを送れなんて急に言ってきたんだよ。指示に従えっつーから言う通りにしてやったのに、今日あいつと何してたんだ?」

不機嫌丸出しのゴールドに、やっぱりシルバーにしてやられたと改めて思った。
下りる際に後ろに頭を下げたのは彼への後押しか何かだったのだろう。
だけど何故だろう、ゴールドにいちいち目を反らされる。
逃げられた視線に文句を言おうとすると私より先に彼が口を開いた。
もごもごと切り出しにくそうな姿に、まさか、と心臓が凍る。

「好きって、さっきの、お前、俺のこと好きなのか……?」
「ばっ!」

何をバカなことを、と言ってやれないのが憎い。
あんなことしなきゃよかった。
そんなわけないじゃないと言うとそっか、と悲しそうに言うのは何でなの。
ついてはいけない嘘をついたせいで心がただでさえいたいのに、今は二倍三倍と痛い。

「本当のことなんて言えるわけないじゃない」

口の中で口にした言葉は声にならずに消えた。
ゴールドは話をもとに戻してシルバーと何をしていたか尋ねてくるから、私は知らないと叫んだ。
無茶苦茶なのは自分でもよく分かってる。
でも知らないと嘘を重ねる他なかった。話せる元気なんてない。
隣に座ってくるゴールドに顔を向けないようにしながら、送っていってくれるのなら帰りの道中の間に仲直りをすることはできるだろうかとぼんやり思った。
でも、これだから交通機関は嫌いなんだ。
後ろからメールだって覗かれるやもしれないのだから!


 嘘はだめ、でもひとつしかない真実はもっとだめ

 title by:夜途















最初はゴールドが「好き」という文字を見られなかった体で書いたけれどそれだと前半の交通機関が嫌いって下りが無駄になるので変えたらコメディちっくになったような気がする。
もうちょっとゴールド出してもよかったかなと思うけど、結構シルバーを出せたから満足。
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