いろいろ

□幸せを見つけるのは難しいことです
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(Nとトウヤとトウコ)


床に鳴る靴の音ばかりが耳に響くから物寂しさは倍増する。
ただでさえかつての面影を失い続けているこの場所でそうなるのだから、僕は少しくちびるを噛んだ。
二年ほどの歳月を経て所々に入った亀裂を避け、かつての自室に到達する。
いや、こんな風になったのは僕らの掲げた理想が打ち砕かれただけなのだから年月など無関係かもしれないが。
夢物語のうたわれた城は下手な廃墟よりも人の思いがこもっていそうで、僕はしばし黙祷を捧げ部屋に入った。
ひび割れたオルゴールが耳にいたい。
外れた音が年月を何よりも雄弁に語る。
僕はかつておもちゃの電車が走ったレールに視線を向けて、それから腰を屈めてスケボー用の坂の下のスペースの扉に手をかけた。
そこはいわゆる隠し部屋で、実は階下に繋がっている。
階段を降りるとそこも、ホコリこそ被ってはいるもののかつてのままで、僕は過ぎ去った日に思いを馳せた。










楽しそうな、声がしたのだ。
賑やかなそれは聞き覚えがある上に嘘偽りや警戒の全くないものだったから、僕の足は自然とそちらに向かっていた。
気付いたら彼らの前に姿さえ表してしまっていて、僕の姿に目を丸くする二人に何だかどうすべきが最善か分からなくなって、僕は曖昧に笑って見せる。

「N!?すっごい探したんだけど、今までどこにいたの!?」
「トウコ、」
「…………ごめん」

さっと立ち上がると駆け寄ってきたトウコは僕の目をまっすぐに見つめてきて問う。
やっぱりそこを聞くのかと思うと体が強張ったが、トウヤの一言で彼女は察したようにパッと手を離した。
それから何事もなかったかのようにことさらに明るい声を出す。

「主役が来てくれてよかった!これなら完璧なパーティーよ。座って。お祝いなんだから」
「お祝い?」

うきうきと小さめのテーブルに紙コップを並べたトウコは言いながらペットボトルのふたを開けた。
プシュッと小気味いい音がしてしゅわしゅわと二酸化炭素を飛ばし出すそれを、彼女はとぷとぷ注いでいく。
僕の反復に答えたのは、僕と同じく彼女の同行を見守っていたトウヤだった。

「今日、誕生日なんでしょ?」

たんじょうび、舌に馴染みのないその言葉は妙にくすぐったい。
確かにその日は僕の誕生日だった。
もっともそれは本当の誕生日なんかではなくて、ゲーチスや七賢人たちが勝手に定めた、都合のいい日だったのだけれど。
違うの?と念押しされて慌てて正しいことを告げると、二人はほっとしたように顔を見合わせた。

「Nの友達が教えに来てくれたんだよ。私たちじゃ正確には言葉は分からないから、確証がなかったんだけど」

合っていてよかった、そう言って破顔するトウコに僕の胸は打たれた。
トモダチが誕生日を覚えていてくれたこと、当たり前みたいに祝ってくれようとしていること、それがどうにも上手いこと感情の型にはまってくれなくて、きゅう、と心が締め付けられる。

「私、電気消すからトウヤはロウソクお願いね!」

四角形の箱からイチゴの乗ったホールケーキを取り出すとぱたぱたとトウコは走った。
二人は顔を見合わせて、せーの、のタイミングで明かりの場所を交代させるから微笑ましかった。
ライターで慎重につけられた明かりが揺れる。
そんなケーキのロウソクは三本。
明かりをつけ終えたトウヤの顔を覗くようにしてみると、彼は「Nの年までは分かんなかったから、人数分、」と言い訳のようにちょっとだけぶっきらぼうに言った。

「ハッピーバースデイ、トゥーユー」

ゆっくりと歌い出したのはやっぱりトウコで、僕のとなりに座ると彼女は促すようにもう一度ワンフレーズ歌った。
そうしてトウヤも歌うからハッピーバースデイ、ディアN、なんてユニゾンがきれいに決まってしまうから。
再度繰り返されて、吹き消してと言われた。
勿体なくてなかなか吹き消せないでいると二人とも笑った。
仲良く三人で息を吹くと、一気に掻き消えた三本のせいで部屋は真っ暗になる。
ただでさえ隠し部屋なのだから窓もないのに、これじゃあ完全な暗闇だ。
恐る恐るといった風のトウコにしびれを切らしたのか、トウヤが息を吐いて立ち上がる。
程なくして明かりがついた。
眩しくて目を細めると、何だか世界が違って見えた。

「よし、ケーキ食べよう!Nが一番おっきいのね!」

張り切る彼女に彼は最初から平等にする気がないの?と投げ掛ける。
照れたように彼女は顔を赤くして、一生懸命にケーキを切ってくれた。
僕の初めてやった、誕生日だった。
二人のお陰で初めて楽しかった、誕生日だった。













目を開くとそこに二人の姿はなかった。
当たり前だ、彼も彼女も僕とは違い忙しい。
今もきっと、トモダチと心を通わせては元気に過ごしているんだろう。
寂しい気もしたけれど、サヨナラしたのにそう何度も会える方がおかしい。
別れを切り出したのは自分の方で、それに僕と彼らでは生きていく道が違うのだから仕方もないことなのだ。

「ハッピーバースデイ、トゥーユー……」

何故か口をついて出た。
それは今日が二年後のあの日で、あの日に祝ってくれた場所にいるからかもしれない。未練がましい。
僕は、自分の誕生日なのだからユーではなくミーにすべきだったのかもしれないな、なんて思いながらきびすを返した。
去年は来なかったのに今年は足を運んでしまったのは、彼と彼女に似た彼らに会ってしまったからだろうか。
かつん、かつん、靴の音は帰り道も変わらず響く。
けれど遠くから走ってくる二つの賑やかな靴音が聞こえてきて、僕は足を止めた。
まさか彼らが、などと甘いことを考えてしまう。願ってしまう。
だって、理屈抜きに僕は彼らのことが好きで、会いたくなってしまっていたのだ。

「N!」

名前を呼ばれた。聞きなれた声だ。
彼の方はきっと少し、あきれたような顔をしているんだろう。
前に感じたものとほぼ同一の胸の締め付けを覚えて、これが僕の幸せの気持ちなんだと思った。
理由付けもできそうにないほど曖昧だけれど、そうだとしたら納得できるんだ。
でも僕はやはりどんな顔をしていいか分からないから、困ったような笑顔を浮かべながら顔を上げた。
今年のユニゾンは、どんなだろうか。




 幸せを見つけるのは難しいことです
 優しさを見つけるのは難しいことです

 だけど見つけられるものです


 title by:白々










捏造しかありません。
ただただ双子がNの誕生日を祝っていたら可愛いなあと思ったので。
友達の誕生日にホールケーキを買えるトウコちゃんのおこづかい事情が知りたい。

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