いろいろ

□5世紀分の隠し事があるんだ
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(マリーとシンタロー)


変わらない日々の中では時間の感覚だって、ともすればなくなってしまいそうで私は本を閉じるとふう、と息をついた。
表紙を撫でると年期の入った本は柔らかな日光を浴びて私を優しい気持ちにしてくれる。
でもちょっと、今は無理みたいだった。
何でこんなタイミングでなんだろう、とは思わなくもない。
でももう何十回、何百回、何千回と繰り返しているのだからこうなることだって、あるのだろう。そういうものなのだろう。

「知ってるよ。もうすぐセトが来てくれる頃なの。私の恐れる夏の、残酷な事件を、大丈夫だよって言って私を救ってくれる。けど」

私は、彼に会ったらこれまでのことやこれから起きること、ぜんぶぜんぶ忘れちゃう。
だって過去の嫌なことよりも今の幸せの方が大事なんだもん。
分かってるよ、それじゃあ何も変えられないって。それじゃあ何も変わらないって。

「セトと会ったら、蛇がどんどん集まってしまう。あの悲劇を繰り返さないためには、私は、この家にずっと一人でいるべきなんだ」

ぎゅっと握った手の甲に、ぽたぽたと涙が伝って落ちた。
お別れなんてしたくない、だからまた世界を繰り返させてまでしたのに、でもね、あなたが何十回、何百回、何千回とむごい殺され方を目の前でされたから、さすがにもう諦めもつけられそうなの。
大好きだよ、大好きなみんなが、あんな風に殺されるなんて嫌なんだ。
だったら私のしなくてはいけないことは決まっている。

「この家を出よう。そうすれば『誰か助けて』なんて『外に出たい』なんて心の声は出てこないはずだから。セトだって、こんなところまで来ないだろうから」

そうと決まれば早くしなくては。
お気に入りのティーカップを洗って拭いて片付けて、戸締まりをしながらリュックに荷物を詰め込んだ。
それから、即席で作った彼のものと似てしまったパーカーを羽織る。
刺繍のないそれが、大きすぎることのないフードが、過去の記憶を刺激していけない。
首にかけていた鍵で扉をきっちり閉めると、私は森の中を歩き出した。

「どこに行こうかな」

ここでちょこっとだけ困るのが行き場所。
だって知り合いなんていないから。でも何とかなるよね、いざとなったら石にして逃げちゃえばいいんだから。
リュックを背負い直して何となく思ったのは、何となくなのにやっぱり彼のことだった。
セトに会わないなら、会えないのなら、彼は幸せに生き続けることだろう。
どうせ会えないのなら、せめて影からだけでも見守ることはできないだろうか。
いつも助けてくれた彼を、直接的にサポートできるわけでもないけど。しょうがないよ、好きなんだもん。
会わないって決めたって、それがセトのためって頭では分かっていても、分かりたくないんだもん。

「行こう。きっと見つからないよ。大丈夫」

さくりさくりと踏み締める度に草が沈んでは持ち直す。
泣いてしまいたいくらい気持ちは悲しいものだったけれど、こらえて私は前を向いて歩いた。きっとこれが最善策なのだから。












泣き虫だった彼は、私とで会わなくともそれなりに人間的に成長して優しい心の持ち主のままに素敵に育った。
心配していた結末は訪れることもなく、幼馴染みの三人は時々ケンカもしながら仲良くやっている。幸せな世界だ。
円滑で円満で、満ち足りた世界だ。
そこに『私』という存在がいないだけで、こんなにも世界は変わる。

「あ、モモちゃん!」

目の力を暴走させることの多い彼女だったけど、無事に一人でコントロールする術を見つけたようで今も超売れっ子のアイドルとして楽しそうに笑っている。
先日、町に出掛けたらエネちゃん……貴音さんと遥さんが雑貨を見て回っていた。
私の知る姿とは若干違っていたけれど、彼らも死なずに生き続けたのだから当たり前なのかもしれない。
よかった、とこぼれた言葉が少しだけ震えて、何だか寂しくて涙が出た。
みんな幸せそうで、私のわがままさえなければ、こんな風に世界は巡っていけたんだね。
人混みに流されながら歩く。
今では家まで歩くのだって、へっちゃらなんだから。
すごいでしょ、なんて思いながら帰路につくのは悲しさが募って逆効果だった。
ぐずぐず泣きながら歩く私は、モモちゃんほどじゃないけど、目立ってしまっているのかもしれない。
早く家に帰りたい気分だった。
誰も来ることのない、ただいまもおかえりもない、家に。

「おい!」

肩を掴まれて声が鼓膜を揺らすから、私は急いで振り返った。
そしてこの道を選んだのは失敗だったな、なんて思う。
この道はかつて過去に何回か、みんなで利用した道だった。
私の家に向かうために使った道だった。
気づいていた、そんなことは。
同じ物語を繰り返すうちに私に芽生えた新たな蛇の力は、元々秀才だった彼に与えた。
だから彼は、彼だけはみんな忘れても覚えているのだ。
ぜんぶぜんぶ、彼だけは悲惨な日々を覚えているのだ。
二人の間にすぐに会話は起こらなかった。
私は目を反らして、私や幼い頃のセトのように目を合わせることが苦手だったはずの彼はまっすぐに私を見てくる。
そんなに見ないで、と他の人とは違った思いでそう願う。
あなたに見つめられると、知り合いに見つめられると、思い出してしまうから。
やっぱり私もみんなといたいって、思ってしまうから。

「……こんなの誰も望んでない。そんなこと、お前だって分かるだろ」

沈黙を破って投げつけられた言葉が心をえぐる。
それなのに視線は自然と彼の顔に向いてしまうから嫌だ。
シンタロー、シンタローも、変わっている。
あの頃みたいにジャージを着ているわけじゃないんだね。
しかもクマもないし、何もかも、違う。
苦し紛れに首を振ると彼は私に詰め寄った。

「俺だけじゃない。みんな、記憶に無いながらにお前のことをどっかで探してるんだ。誰かが足りないって、みんな感じてるんだよ!」
「!」

そんなことを言われたら心が揺れてしまう。揺れないはずがない。
だって、やっと夏は終わったのに、繰り返させる意味なんとないのに。
頭のいいシンタローなら分かるでしょう?
彼も苦しそうな表情を浮かべていた。頼むから、と掠れた声で続けられる。

「マリー」

もうダメだった。
久しぶりに名前を呼ばれた、それだけで私の築いた決心はがらがらと崩れていってしまう。
彼は優しく笑って、俺も上手くやるようにするから、マリーも頑張ろう、な?なんて言って肩をさすった。
また次も思い出せるかなんて、確証もないのに。それに何より。

「私がいなければ平和なのに、また繰り返し夏を見せちゃってもいいの?私のせいで、みんなまた、死んじゃうかもしれないのに」
「それでもマリーと会えないこの世界で普通に死ぬより、全然しあわせだ」

言葉に詰まった。どうしてそこまで言ってくれるの?私が蛇を託したから?
シンタローもこの世界じゃ幸せなはずなのに。

「それに隠し事したまんまなのは気分も悪い」
「?」

さっき言っただろ、とシンタローはうめくように言って私の涙をぬぐってくれた。

「みんな、キドもカノもモモもアヤノも、セトもどっか誰かが足りないって気付いてる。マリーに会いたがってんだよ」

じわりとにじんできた涙を、今度は私が自分でふいた。
ごしごし乱暴にしてしまったせいでちょっと痛いくらいだけど、笑顔を浮かべて私は返事をした。

「もう。しょうがないなあ」

私の思いなんてシンタローにはバレバレだろうけど、ありがとなと言うだけだったから、もう少しこのぬるま湯につかっていよう。
先延ばしにしただけの出会いは、きっと記憶に残るだろう。
この世界で繰り返す夏を終わらせることもできるかな。
でもとりあえず目下のところ私の頭を悩ませているのは、みんなに会ったら一番になんて言おう、ってこと!



 5世紀分の隠し事があるんだ

 title by:へそ















微妙にシンタロー→マリーみたいな気がしなくもないですがシンアヤでセトマリなつもりです。
もうちょっとセト出したかった()。

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