いろいろ

□あなたの好きだったミルクティーがわたしは本当に大嫌い
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(遥貴)

この教室が私たちの特別教室に指定されているのはきっと、あの先生くらいしか他クラスの担任をやっていない先生がいなかったからだ。
そうじゃなきゃ普通は理科室なんか特別教室にするはずない。
確かに水があって黒板もあって、楽と言えば楽だけれどそれなら美術室だって条件は同じはずだ。
そんなことを思っていたら腹が立ってきて、私は授業そっちのけで空を見た。
雲ひとつない二月の空は何だか寒そうに見えて、はあ、と息をつくと丁度チャイムがなる。
やっとお昼休みだ。

「じゃ、今日やった分までのワークの対応ページ、宿題な。明日のHRまでに教卓にノート置いとけよー」
「なっ……!」

話を聞いていなかった私が悪いのだけれど、あの先生やりやがった。
ひらひらと出席簿片手に出ていった先生に私はうなだれることしかできない。
なんてこった、宿題なんて、急に出さなくたっていいのに。
まあいいや、あとで遥にどこまでが範囲なのか聞けばいいだけなんだし。
ため息をついて開きっぱなしにしていた教科書とノートを仕舞うと、遥は財布を手に律儀に私の机の横まで来る。
正直なところ、この身長差はなかなか首にダメージを与えるのだが、余計なプライドが邪魔をして今のところ本人にそのことは言えていない。
よってこれからも私は人知れず首を上げ続けて影で痛みを逃がすことしかできないのだろう。
別にそれでも、いいんだけどさ。

「僕、これからお昼ご飯と飲み物を買いに行くけど、貴音、今日は屋上でお昼食べない?」
「はあ?屋上って、まだ寒くない?」
「あったかくなってきたら他の生徒も来て混んじゃうから、今しか使えないと思ったんだけど……ダメかな」

しゅんとしたように顔とまゆを下げて、そうだね、なんて言いながら悲しそうに笑われるといけなかった。
自覚はある、私はこれに弱すぎるんだって。
でもこれは遥がいけないんだ。そんな意味不明ないいわけをしながら私は逆ギレ気味に告げる。

「ああ、もう!分かったってば!先に行ってるから、早く来てよね」
「貴音……!うん!ありがとう!」

嬉しそうに顔を輝かせた遥はぱたぱたと走っていった。
あんまり走ってもいけないはずだから、ちょっと心配だ。
かばんからおばあちゃん作の弁当が入った巾着を取り出してお茶のペットボトルと供に屋上に連れていく。
購買は一階の、結構込み入った場所にあるから屋上まで来るには私以上に大変なはずだ。
大丈夫だろうか、なんて人の心配をすることで自分はまだ平気なんだと、自分を錯覚させながら階段を上る。
擦れ違う生徒の視線が怖くて下を向いて避けたけど、よく考えてみたらそんなことをする必要なんてなかったかもしれない。
そんなことは後の祭りだけど。

「うわっ、」

押し開けた扉は風に少し戻されたせいでちょっと重たかった。
冷たい風が頬を撫でる。でも晴れているのも手伝って、それなりに景色はきれいだった。
考えてみたら私はこれまで、屋上という存在を知りながらも訪れたことはなかったからここからの眺めは初めて目にする。
もしかしたら遥も屋上という場所に憧れを抱いていたのかもしれない。
だって屋上って、ちょっと非日常な感じがする。

「お待たせ!や、やっぱり寒いね……ごめん……」
「そこまで寒くないし、私は大丈夫だけど」

あたりを見回していたら現れた遥に、そっけなく言いながらベンチに向かうと遥は「うん」と私の背中に言った。
がさがさとビニールの音が響いて、私たちしかここにはいないんだなあと、しみじみと思った。
耐えられるけど寒いが、このスペースを二人だけで独占というのは贅沢に思える。
小さすぎる贅沢かもしれないけど。
弁当箱を開けると遥が不意にビニール袋から小さいサイズのペットボトルを出して、私に差し出した。

「なに?」
「その、まだ寒いのに屋上で食べたいって言うのは僕のわがままだから、これ」

ホットのミルクティーは遥の好きな飲み物でもある。
素直な礼は出ずに「あんたのじゃないの?」なんてかわいくない台詞が口をついた。
こんなことが言いたいわけじゃないのに、嬉しいんだけど、上手くいかない。

「前に貴音、あんまり飲まないけどミルクティーも好き、って言ってたのを思い出して。別のがよかった……?」
「あんた、覚えてたの……?」

忘れかけていた記憶がよみがえった。
まだあれは、夏のはじめの頃じゃなかっただろうか。
仲良くなり出して、互いに結構話すようになった頃だ。
遥という人がどんな人かがある程度、把握できた頃だった。
覚えてたんだ、自分の好物だからっていうのも、あるんだろうけれど。
じわじわと、寒いくせに頬が熱を帯びていくのが恥ずかしくて仕方ない。
受け取るとそれからも熱が伝わってきて、指先がちりちりと焦げるかのように錯覚する。
私ばっかり、もう、何だかなあ!
書き込んだご飯も味が分からなくて、私はますます混乱したのだった。



寒暖差なんて感じなくなって数年、ようやっと暑さに慣れてきたというのに寒すぎる冬がやって来た。
ずっと死んでしまったものなのだと思っていて、私と同じように姿を変えて生きているかと思ったら遥本人とは全然違っていて。
彼が生きている、それは想定していたよりも私にとって、嬉しいことだった。言ってやんないけど。
あれだけ言わなきゃ何も伝わらないと身をもって学んだというのに我ながらなんて天の邪鬼。
でもそういうものだろう、元来の性格がそう簡単に変わるわけもない。
天の邪鬼上等!って感じだ。

「…………さむ」

奇跡の生還を果たしたわけなのだから、一日に少しでも運動をしろと医師に言われてしまっている。
今さらのような気もするがリハビリなのだからと言われると逆らえるはずもなく、私は息が白くなりつつあるこんな時期にもこもこした格好で外を歩いていた。
ぐるっと近所を一周して家に帰るつもりだったけど、何となく気が向いて公園まで足を伸ばしてみる。
無人の公園には空っ風が吹いていて、何だかしんみりとした気分にさせられた。
せっかくだから自販機で温かい飲み物でも買って、あんまり推奨されるような行為ではないけれどちびちび飲みながら帰ろうか。
ポケットの中の財布を指先でつつきながら自販機の前に立つ。

「あ、」

有名メーカーのものだから珍しくもないのだけれど、そこにはあの日に遥が私にくれた小さいサイズのミルクティーもあった。
大きいサイズも買える値段を投入したのに吸い寄せられるようにそのボタンを押してしまう。
がこん、と落ちてきたものをまじまじと見てしまうと、恥ずかしいことをしたかもという思いに刈られてちょっとペットボトルをぶん投げたくなった。
馬鹿みたい。片手をポケットに突っ込んでキャップを開けたそれを傾ける。
独特の味とほどよい暖かさが口内に入り、ゆっくりと体をめぐっていくように感じる。
久々の味は、コーヒーに慣れている舌がビックリした。

「……あっま」

やっぱり私には甘すぎる。
よく世間一般の女の子たちが普通に憧れるみたいな、苦味のない恋みたい。
私だってそれに憧れていた。だって辛い結末なんて、苦味を旨味と思うなんて何だか腹が立つじゃない。
そんな言い訳のように、これが恋なんだって苦い思いをしたくなかったから。
でも私、本当は甘いのはそんなに得意じゃない。
決して嫌いなわけではないけど、いつも飲むコーヒーは無糖だしどうせ食べるなら辛いものの方が好き。
じゃあ何であんたに「ミルクティーも好き」なんて言ったかなんて、ねえ、分かる?
遥の存在そのものも、その心もミルクティーみたいに甘ったるい。
それは美点であり、今回のように悲劇的な末路を迎える切っ掛けのひとつとなってしまうような汚点でもある。
あの特別教室だって、あんたが理科室だからこそ地球儀とか標本とかがあって面白いじゃんなんて言うから、私もいいのかな、なんて思ったりしちゃったんだよ。
だから、絵が好きなんだし美術室でも良かったんじゃないの、って言えなかった。
思うだけで口に出せなかったんだよ。あんなに腹が立ったのにね。
いつの間にか空になっていたペットボトルをゴミ箱に投げ入れると、からんと気持ちのいい音がした。
遥、あんたがミルクティーを好きって言ったから、私も好きって言ってみたんだ。
そんなの気付かれるはずもない、バカな嘘なのにね。
舌に残る甘さにちょっとイライラしながら息をはく。
吐いた息さえ甘くなっているような気がした。
今、遥に会ったらご都合主義の恋する乙女になりきって想いを伝えられるんじゃないだろうか。
苦さなんてない今なら、しあわせな言葉を紡げそう。
そんなの気の迷いだろうし、もう当分はミルクティーなんて飲むつもりもないけど。


 あなたの好きだったミルクティーがわたしは本当に大嫌い

 title by:英雄
















好きとか嫌いとか反対とか、そういう素直じゃないのはやっぱり遥貴だ!とこのタイトルを見た時から思ってたので遥貴で書いてみました。
が、こじつけに無理がありすぎますね……その上ほぼ遥がいない。ごめん遥。

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