いろいろ

□普通の幸せを贈るね
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(かげやち)


烏野高校排球部と書かれた、みんなとお揃いの黒のジャージに袖を通すたびに思うのだけれど、これを着ることができるのは私たちしかいないんだよなあ。
そんなことは当たり前で、何を馬鹿なことを考えているのかと自分でも思う、思うけど、だって事実だ。
その数人しか着られないジャージを私も着ることができると言うことがたまらなく嬉しい。
私だって、私にだってやれることはあって、マネージャーとしてみんなの役に立てるんだって証拠。
誰よりも小さいサイズのそれを羽織って腕捲りして、さて今日も部活、頑張るぞ!
たまたま今日は帰りのSHRも早く終わって体育館に一番乗りできたから、私以外にはまだ誰もいない。
えっとまず、モップ掛けをすればよかったはず、だよね?あれ、違ったかな?
ちょくちょく仕事や用語、作戦を書き込んだメモ帳を確認しながらやれることをこなす。
えっと、モップ掛けで合ってた、よかった。
モップを取り出してえっちらおっちらなんとかかけ始めると、ちわーすと大きな声が背中にかかった。
突然だったからびくっと大袈裟に肩を揺らしてしまう。

「あれ、もしかして一人か?」
「う、うん。まだ誰も来てないよ」

私が立ち止まってあわあわと答えるとやってきた彼は、影山くんは、そっかと小さく言ってその場にどかりと座り込む。
そうしてから靴を履き始めるものだから、何だかモップ掛けを再開させるタイミングを見逃してしまって私は影山くんが靴紐を結ぶのを見守った。
私よりふたまわりくらい大きいんじゃないかと思う手は器用に綺麗に、お手本みたいに均等に蝶々結びにする。

「すごい……」
「は?」

感嘆の息と共に出たのは素直な感想だった。
でも部活動でみんなが頑張っているわけでもない、ただまだ靴を履いただけの状況下で私が漏らした感想はさぞかし不可思議なものだっただろう。
影山くんは何のことだと言わんばかりに少しだけ首をかしげて私に視線を向けてくる。
じっと見られるのは、慣れていない。
日向もだけどどうしてこうもじっと見ることに躊躇いがないのだろう。男の子ってすごいな。
現実逃避が先走りしてそこまでいってしまった頃になって私はやっと、影山くんにあのその、としどろもどろに弁解することができるようになった。

「えっと、私、蝶々結びが苦手で。ほら、どうやっても不恰好になっちゃうんです。だからすぐにほどけちゃうし」
「そうなのか?」

不思議そうに、示した靴先に視線が移された。ホッとする。
見られているのはだらんと長すぎる紐で結ばれた蝶なのだから、やっぱり恥ずかしくてあまり気は休まらないのだけれど。
影山くんは自分のを両方とも結び終えるとごく自然な動作で立ち上がって、それからまた私の足元にしゃがみこんだ。
え、と声を上げる間もなくしゅるんと一瞬で紐をほどいた影山くんは何食わぬ顔で綺麗な蝶々を作ってくれた。
本当、器用だ。正確なトスを上げるこの指先はどんな人のものよりも美しく、格別なものに見える。

「あ、ありがとう……」
「これくらい何でもないし、その、いつも谷地サンたちには、サポートしてもらってるんで」

お礼はぼそぼそした小さな声になってしまったけれど。
立ち上がって、ふい、と顔を明後日の方に向けて私に返してくれる影山くん。
私より何センチ高いのか知らないけど、私はさっきまで彼のつむじを見ていられたのに見上げなきゃ襟足も見えない。
そんなこと、だって私はマネージャーですし、当たり前のことなのに。
これはあれだ、ちゃんと選手のみなさんは私たちマネージャーに感謝してくれて、いるんだ。
これが私の仕事なのに。
不意に言われたものだから私も身構えていなかったせいで、かあっと血が頬に昇るのを確かに感じた。
でもこれは照れるしかない、と、思う。

「あっと、その、影山くん!」

このままの均衡状態は誰かが来たらすぐに崩れてしまう。それは惜しかった。
ただでさえあんまり影山くんとは話せていない気がするし。
あっち向いたままの彼の名前を呼んで少しの距離を詰める。
手のひらから離してしまったモップがからんからん、と体育館に響きながら落ちた。
今だけはやけに、静かだ。静けさが耳に突くくらいに。

「私、これからもずっと、みんなが部活を頑張る限り私もマネージャー頑張ります!だから、影山くん」

こんなにも彼の名前を一日のうちで呼ぶのは初めてかもしれない。
だって自分でも思ってるけど、選手の中なら日向と一番仲がいいし、影山くんとは元々あまり話さない。
だけど、だから、今だけはなけなしの勇気を振り絞らなきゃ。
次があるかは、分からないのだから。

「私の靴紐を、たまにでいいのでこうやって結んで、もらえませんか!?」

だからって続けた言葉なのに何も説明できていない交換条件に影山くんは当たり前だけど、とても驚いたようだった。
だってほら、黙っているから。
反射的につむってしまった目をおそるおそる開くと、影山くんはなぜだかおかしそうに笑っていた。
日向の教えてくれたような、私が以前見たような怖い笑顔じゃなくて、自然とこぼれた小さな子供のような無邪気な笑顔。
それに見惚れてしまうのはたぶん、珍しいだけじゃなくって。

「このくらい別に頼まれなくてもするっての。それに谷地サン、タメなんだからわざわざ敬語にしなくていいし」

ひとしきり笑った影山くんはそう言いながらモップを拾ってくれた。
振ったのは私なのに私こそどぎまぎしてしまって、まあいつも通りなのだけど上手いこと返すことができなかった。
指先が触れてしまったらどうしようだとか思うと意識的に、見すぎてしまって言葉が浮かばない。
影山くんこそサン付けしなくていいよ、とか?ど、どうしよう、これ以上私たちの共通のの話題って何かあるっけ?

「ちーす!」
「げえ、もういんのかよ影山!?」

私が口を開くより早くやって来た彼らは大きな声で話し始める。ああ、会話が終わっちゃった。
さっさとモップ掛けを終わらせなきゃだ。
影山くんは日向といつものように口喧嘩をはじめて、それを先輩たちに笑われていて。
日向は影山くんをよく「王様」と呼ぶけれど、実際彼はちょっと自分勝手なところもあるけど、でも今日は改めて思った。
影山くんは天才と呼ばれていて本当に天才でとってもすごいけど、影山くんだって普通のことに普通に笑うんだよ。
だから私も、彼と普通に一緒に笑えるように。

「よしっ、今日も頑張ろう!」

頑張ろうって何度でも思える。だって約束、ふたりだけでしたんだから。
またふたりだけになれる機会は、きっとあるって思えるから。


 普通の幸せを贈るね

 title by:サンタナインの街角で
















かげやちのつもり、です……かげやちっていうかかげ←やちですが。
この二人はとても可愛いと思う

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