いろいろ

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サアサアと朝から降っている雨は天気予報によると夕方には止むらしい。
音に、ぼんやりと耳を傾けながらノートに落としていた視線を上げてもまだ、先生は教科書片手にむつかしい文豪の文章について語っていた。
黒板上は白文字のオンパレードだけれど大事なところに勝手に色を足していく。
自己流、といってしまうのは大袈裟でそこまでのものではないというのが本音だけれどアレンジを加えてノートを書いてしまうのは多分、お母さんの影響だ。
デザイン会社の社長である母は、私に同じ道を歩めとも言わないが娘として一応は知識を有しておいてほしいらしい。
そのせいか幼い頃からレタリングや色の組み合わせ方を教えられてきた。
今のところはデザイナーになるつもりはあまりないし、しかしかといって他の職業も特になりたいものはない。
いつだってそう、私は優柔不断で意気地無しで変化を嫌う。
変わりたいと願っておきながら不変を願う臆病者だ。

「……と、いうことです。この文の代名詞は彼女を指すために使われていて…………」

先生の話はまだ終わりそうにない。私は何になりたいのだろう。何がしたいのだろう。
ふてくされたまま学校生活をただぼんやり過ごして、時間だけ過ぎていって。
高校生はもっと大人で、みんながみんな小説や漫画の主人公のように青春したり恋したりするのだと思っていた。
実際そんなことはなくて、当たり前だ、みんながみんなそうだったらお話になんてならない。
全力投球できるような、打ち込める何かがあったら、よかったのに。
軽く目を閉じたかったけれど眠っていると思われたくはなかったので息をつくだけに留めた。
話を聞いていない時点でダメなのだけれど。



朝から雨だったことに逆に救われた。
天気予報は見事に外れて授業が終わっても雨は降り続いていた。
私は靴を履き替えながら視線だけ傘立てに向けて自分の傘を探した。
部活をしている子達の傘はまだたくさんそこにあるから、色とりどりで探すのも大変。
見つけた傘を引っこ抜いて、すでに何故かびしょびしょの土間でマジックをぺりっとはがす。
まだ付いていた雨粒を、軽く振ってはらったところで唐突に肩を叩かれた。
ひ、と声が漏れそうになって慌てて飲み込む。振り向いた先には先ほどの国語科教師がいたものだから。
名前は、ええと、何だっけ。

「急にごめんね。廊下に落ちていたけれど、これ、谷地さんのだよね?」
「あ、そうです!はい!ありがとうございます!」

先生が差し出してくれたのは通学に使っている定期だった。
リュックサックにキーホルダーと一緒につけていたのだが、いつの間に取れていたのだろう。気付かなかった。
受けとると先生は少し目を伏せて、外を見たようだった。
コンクリートの上をぐちゃぐちゃの泥が水溜まりの中に溜まっている。
強い雨が地面をあんまりにも叩き続けるものだから、固くってもえぐられてしまうのではないだろうかと思った。
石も雨に削られると聞くし。

「谷地さんは確か部活に入っていなかったよね?そうなると今から帰ることになるのかあ、早いなあ。でもまだこの様子だと傘をさしてもびしょ濡れになってしまいそうですね」

どうでもいいことを考えていたせいで、先生の言った意味がしばらく分からなかった。
何がだろうと考え込みそうになってハッとする。世間話だ。
私に話題を振ってくれたんだ。

「そうですね。バス停まで行くだけでも大変そうで、参っちゃいます」

当たり障りないように返すと先生は眉毛を八の字にして大変ですね、と笑った。
他人だから仕方ないが他人行儀な言い方に少しだけ寂しくなる。
話しかけてくれたなら少しくらい、もう少しくらいは優しくしてほしかった。
今でも十分誰より優しいけれど。
私にはまだ、友達がいなかったから。

「あ、そうだ。よかったら雨脚が弱まるまで部活の見学でもしませんか?」

完全に不意を打たれた。
予想外すぎる変化球に私は先生の顔を見上げて口をぱくぱくさせてしまう。
恥ずかしいけれどこんな反応しかできなかった。

「わ、ご、ごめんなさい。今年から僕、バレー部の顧問になったものだからつい、みんなの凄さを分かってもらいたくなってしまっていて……」

頭を掻いて弁明する先生は他のどんな先生よりも好感が持てた。
見るからに運動ができるように見えるはずもない私だ、きっと初心者にもその「凄さ」は分かるものなのだろう。
見てみたいような気も、少しだけした。
知らない人ばかりを見て、しかもこの時期に部活見学なんて恥ずかしいから、とてもじゃないけどお断りしたいけれど。

「そういえばこの前の集会でも言われてましたね。えっと、インターハイ予選?に、出てたんでしたっけ」

月曜に行われた全校集会で運動部が表彰されたりしていたことを思い出して、話題を繋げようと言ってみる。
知り合いがいるわけでもないしちゃんと聞いていなかったので合っているかどうかは分からないが。
果たして先生はとても嬉しそうに「そうなんです!」と私の手をとった。
テンションが上がると回りが見えなくなっちゃうタイプなのかな。
私はそういう人とはあまり仲良くなったこともなくて、あわあわするしかない。

「強豪相手に惜しくも敗れてしまって……!ただ見ていただけの僕なんかよりよっぽど選手のみんなの方が思うことがあっただろうけどあれは、悔しかったなあ」
「は、はあ。そうなんですか」
「あっ、ごめん……。谷地さんはもう帰るつもり、だったよね。本当にごめんね、こんなに引き留めちゃって」

別に急ぐ用もなかったので大丈夫なのだけれど。
バスの時間まではどっちみち足止めを食らうのだし。
申し訳なさそうな先生に頭をあげてもらって、さようならと別れの挨拶をしてからそうだ、と思い直して振り返る。
先生はもう廊下を歩き出していたけれど、届くように大きめの声で。両手でメガホンを作って告げる。

「話しかけてくださって、ありがとう、ございました!」

ひとりぼっちの私を、少しでも気をかけてくれたことが嬉しかったから。
私はこの学校にちゃんと通ってる、れっきとした生徒なんだと自覚できたから。
もうこの高校を、通いたくなかっただなんて思わない。
ずっとすくんでいて動けなかった一歩を踏み出せたような、そんな気がした。


 踏み切りとロスタイム

 title by:花畑心中

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