いろいろ

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目覚まし時計は鳴る前に止めてしまった。
太陽はもう昇っていて室内には窓から光がそそいでいる。
起き上がらなければならないことは分かっていたけれど、頭の中で思いを無視しながらふとんをかぶり直した。
丸くなるように体を折り曲げて目をつむる。
日差しのせいで真っ暗とはいえないものの暗い世界はどこか私に安心感を与えて、私はよけいに体を縮まらせた。
祝日でもない平日だから、本当ならいつものように学校に行かなくてはならない。
だけど何だかもう、いいやって。そんな気もしてしまっていた。

「風邪?」
「ちょっと、だるいかもしれない」

きっちりパンツスーツを着こなしたお母さんが髪を結びながら入ってきて、私は後ろめたさにふとんで顔を隠しながら応えた。
それに気付かないで、体温計はどこだったかしらとお母さんは慌ただしく引き出しを探っている。
がさがさしながら、けれど腕時計に視線を向けたらしい。
もうこんな時間!行かなきゃ、ばたばたとしながら部屋を出ていくものだから心配になった。

「今日はもう仕方ないから休みますって学校には連絡しておくけど、元気になったらちゃんとやるべきことはしておいてね」
「うん。いってらっしゃい」
「行ってきます」

ぱたん、今日は玄関に見送りに行かなかったから、顔も見ることはできなかった。
ぱたん、扉がしまって少し間が空いて、かちゃかちゃと錠をかける音が寂しく響いて聞こえてくる。
私はふとんをきちんとかぶり直して、天井を見上げた。
真っ白な壁紙が私を見下ろしているばかり。
それが何故だか、ずる休みしたんだと私を責め立てるように見えた。
私に罪悪感があるからなんだと思う。
だったら休まなきゃよかったのに、それだけの話なのに、ね。
私はそれを選ばなかった。

「……せっかく先生に、励まされたのに」

励まされたというか、話しかけられてとても嬉しかったのに。
これじゃあダメだ、ダメダメだ。
それどころか退化しているしどうしようもないレベルの悪化。
不登校にでも、なるつもりか。
目をぎゅっとつむると少しだけくらくらした。
きっと現実に意識が遠退いて、逃避したくなっちゃったからだろう。情けなさすぎる。

「明日は、行くから」

口に出したが最後、口に出さずとも絶対に守らなければならないことのように思えた。
学校に行くなんて当たり前のことを。これを破って明日も行かなかったら、本当にだめになる気がした。
これが最後の、最後通達。
くだらない思考を遮ってもぞもぞと寝返りを打つ。
一番自分の寝やすい位置を、スイートスポットを探す。うつぶせは嫌いで、だけど真上を見るのもちょっと嫌。
だったら横を向いて、まくらを抱き締めて。

「…………なにしてるんだろ、私」

ぽつりとこぼれたのはまっとうで当たり前で、痛い現実だった。
今さっき遠ざけたものを持ち出してきて、冷えきった心で思う。
なにしてるんだろ、中学の頃はもっと毎日、学校は楽しかったのに。
休んだらめずらしいねって心配してもらえて、みんながメールをくれたりとかして。
お大事にねって、気遣ってもらえて。
何の音もしない携帯は充電器に刺さったままだった。
バカみたいで、というか私は実際にバカで、もうどこまでバカなんだろう。自分でも自分が何をしたいかなんて分かりもしなくて、泣いてしまいそうだ。
泣き出してしまいそうだ。鼻の奥がツンとして痛んで、両目の下が熱くなる。
何でもう、私は、こうなんだろう。
変われないのかな、これから三年間、私はずっとこうするつもりなの?
そんなの嫌だよ、だから私、何とかしてよ。
ぜんぶぜんぶ、私のことを誰かちゃんと少しでも、分かってよ。

「っ、ふ……う…………!」

声は圧し殺してでないと泣けない。
上げることのできない思いのかたまりは胸にくすぶってわだかまって沈んでいく。
ぼろぼろとみっともなく涙は落ちて落ちて、ふとんにまあるい染みをたくさん作った。
こぶしをきつくにぎって泣いたままでは、なんだか男の子みたいで可愛さの欠片もない泣き方になるけど、どうでもいいか。
可愛さなんてそんなもの、そんなものも、どうだっていいじゃないか。

「ごめ、んなさい、ごめんな、さい」

私は誰に謝っているんたろう。
先生じゃなくて、誰か、私を見つけてはくれませんか?


 思想の海にて沈む

 title by:白々

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