いろいろ

□後にも先にも追いかけっこ
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(ヒビヒヨ)


吹き付ける風に春の色が混じり始めていることを、はたして隣の彼女は気付いているだろうか。
口に出して言いたかったけれどそれは憚られて、僕は開きかけた口をつぐんだ。
基本的に僕たち二人の間に会話は無い。
少しそれは僕には居心地悪くもあったけれど、こんな風に誰かを横にいさせてることを許してくれるのは嬉しい。
今のところ何も言わずともここに置いてくれるのは校内では僕一人だったから。
下僕と思われているような気がしないでもないけれど、まあ、今はそれでもよしとしようじゃないか。

「あ、猫」

立ち止まってヒヨリは前を横切る猫に視線を向けた。
行く先を名残惜しそうに見つめ、姿が見えなくなってもまだ、そちらの方を向いていた。
彼女は猫が好きなのだと思う。
それは繰り返されたあの一夏でも追いかけるほどに好きだと知っているし、それに、彼女は猫を見ると必ず表情が和らぐから。

「……久々に猫を見たわ」
「そうなの?」

再び歩き出してしばらくの後、気まぐれに彼女は僕へと話しかける。
考えてみれば彼女こそ猫のようかもしれないと思った。
だって優雅で可愛くて、でもちょっと意地悪で気まぐれで、凜としている。

「あんたといるからかしら」
「そうなの?ありがとう」
「褒めてないわよ。でも本当、どうしてあんたといるとこうも猫に会えるのかしらね」

今日もヒヨリはヒヨリだ。
まっすぐな言葉を聞きながら曖昧に笑って見せると彼女は小さく息を吐いた。
ひょっとしてそれが僕と一緒に帰ってくれる理由だったとしたらちょっと傷付く。
一緒に帰ってくれるのは嬉しいけど、だって理由がそれじゃあ悲しい。僕の存在って、と思ってしまう。
ざわざわと森が風に揺れた。
全部を揺すぶられるような様は見ていて少し怖いくらい。
見慣れたものだからもう、特に何も思わないけれど。

「そういえばあんたって、猫っぽいかもしれないわね」
「…………そう?」

ぽつりと呟かれてちょっとげんなりする。まだその話、続いてたんだね。
それにしても僕が猫っぽいとは意外だ、そう思われていたなんて。
従順な犬くらいに思われていると思っていた。
さっき彼女を猫のようだと考えていただけに、似たようなことを考えているのかと思うと何だか嬉しい。
シンパシーみたいな。そう言うとヒヨリはひょっとしたら怒るかもしれないけれど。

「うん、猫だと思ったら可愛く思えてきたわ」
「……ごめん、あんまり嬉しくない」
「あっそう」

好きな子に可愛いと言われて嬉しい男子がどこにいる。
いや、ダサくてカッコ悪いと今までは思われていたからまだマシなんだけれど。
でも可愛いって、確実に恋愛対象として見てない。
だってさ、コノハを見たときは第一声から「カッコいい!」だったもんね。
それにしても「あっそう」って、僕に興味無さすぎでしょ。

「さっきの猫、追いかけなくてよかったの?」
「あの頃とは違うもの」

僕が尋ねるとちょっとあきれたようにヒヨリは笑った。
何が違うというのだろう。
心境だろうか、環境だろうか、境遇だろうか、時間だろうか。
僕には何にも分からない。彼女のことは、知っているようで実は何にも。

「でもヒビヤがどこかに行ったって追いかけてあげるから、安心するといいわ」
「え?」
「あんた猫みたいなんだもん。いつかどこかに行ってしまいそう。進学とかを理由にして」

突飛な話は比喩的なものかと思ったが具体的な例を出されて息をのむ。
追いかけてくれるって、つまりはヒヨリも一緒の学校を受けてくれるってこと?近くにいてくれるってこと?
親が厳しいから進学を機に県外に出たいというのは、ぼんやりと考えていたことだった。
でもまさか、ヒヨリに言い当てられるなんて。

「ヒヨリこそ、どこかにふらりと何も言わずに行ってしまいそうだけど」
「何よ、あんたに行き先を一々ぜんぶ言わなきゃいけないの?」
「そういうわけじゃないって!」

冷たい目で見られて必死に弁解するも彼女の目は死んでいる。
僕は例え話が下手くそなようだ、むいてないのかも。
弁明を試みたいが聞いてもらえるだろうか。
というか、さっき言いたかったことの続きだけれど。

「ヒヨリがどんなに遠くに行くと言ったって追いかけるよ。あの時、僕は結局ヒヨリを助けられなかった。もうあんな思いは、こりごりなんだ」

どんなに頑張って伸ばしても届かない手が、触れられない距離が、ずっとずっと僕の前にはあった。
何度彼女の代わりに僕が死ねばと思ったことだろう。
悔やんで悔やんで悔しくて、僕はやりきれない思いでいっぱいだった。

「そう。それなら私、どこにでも行けるわね」
「ど、どこに行くつもりなの!?」
「助けてくれるんでしょう?ヒビヤ」

明るく笑われてしまえばぐうの音も出ない。
言ったけど、助けたいと思うけど、でも何するつもりなの?
心配になってきてしまう。
これからもよろしくねとヒヨリは言って、笑った。
ふわりと風が彼女の髪を揺らす。
くすぶったままの恋のかおりが、前進を促すようだった。


 後にも先にも追いかけっこ

 title by:獣



















2月22日は猫の日!だから猫の話を書こうと思ったのだけれど、これじゃない感がすごい。
猫といえばヒビヒヨしか出てこない私って……。

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