いろいろ

□指紋だらけのレンズでは何も見えないだろう
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がたんごとん、私たち以外に乗客はいないんじゃないかと錯覚させるほどに静かな電車は終着へと向かって延々と走る。
そのターミナルにさえ私は行ったことがないというのだから、私は世間知らずなままだ。
いつか広い世界に出たいと思うのに、そのいつかはいつなのか。
私の勇気が足りないばっかりに、私が私の限界を決めているのか。
結局はぜんぶ自分の問題だから、自分がどうにかしさえすればすむ話で、どうしようもなく私が弱いだけなのか。

「泣かなくったっていいだろ、泣かなきゃいけないわけじゃないし。それにベルはもっとこれからも、やらなきゃいけないことがあるしな。泣いてる暇も無いだろ」
「え?何で?」
「自分のやりたいこと、見つけるんだろ?イメチェンもしてさ」

ブラックの言い出したことにぎくりとする。
それは明らかに、少し前から掛け出したメガネについて言っているもので。
私は目がいい方だ。
だからこれは伊達で、必要のないもので。

「見つかるといいな。やりたいこと」
「…………うん」

素直にうなずくことができた。
私だって自分だけの夢とか、希望とか、何としてでもやりたいこと、見つけてみたい。
そんなものを持ってみたい。大切にしてみたい。
電車はもうすぐ学校の最寄り駅に着こうとしている。
そろそろ降りるからと腰を浮かせると、不意にひょいとブラックが私のメガネを奪った。
急に視界にフレームがなくなる。
慣れてしまったものがなくなると何だか漠然と不安になってきてしまっていけない。
雛鳥のようにブラックの後ろに付いていって電車を降りる。
ホームでブラックは快活に笑った。

「こんなんじゃ見えるものも見えないだろ。だから、な、ベルはベルのペースでやればいいんだよ。チェレンみたいにこうやってメガネを掛けなくても、俺みたいに夢ばかり追いかけなくても。ベルはベルだろ」

ポケットティッシュで拭かれたグラスはクリアでさっきよりもきれいに、世界が見える気がした。
私は私、優しいけど突き放す風な言葉は私にとっては複雑だ。

「だからそんな風に、人を羨んで泣くなよ」
「泣いてないよ?」
「泣いてるだろ」

意地っ張り、なんて付け足されるけど意地っ張りなのはブラックの方だと思うんだけどな。
チェレンも意地っ張り。
そうだ私たち、それならみんな意地っ張りなのかな。
類は友を呼ぶってヤツ。

「今日泣かなくても、人を羨んでも、ベルがやりたいことを見つけられてそれをやれた時に泣ければ、それでいいだろ」
「……そうかもしれないね」

ブラックは時々、幼なじみだってのに予想もできないことを言う。
私には彼は完全には理解できないし把握できない。
きっとそれは彼も同じで、チェレンも同じなんだろうけど。
でも大体なら、たぶんこんな感じっていう曖昧なものなら分かるから。
その範囲で推測して励ませるように、言葉を選んでくれるのかな。
そうだとしたらとても嬉しい。
私も二人の役に立てる日が、恩返しできる日が、こんな風に私が励ます側に回れる日が、来るといいな。

「ありがとう、ブラック」

そんな幼なじみたちとも、優しいブラックとチェレンとも、進路が違うからこれからはもっと一緒に過ごせなくなる。
大人に近づくって、高校を卒業するって、そういうことだ。
あ、それはやっぱり、嫌だな。
悲しいし、さびしいし、ワガママなんだけど嫌。一緒にいたい。
昔みたいに遊んだり、今みたいに話したり、明日もずっと過ごしたい。

「もしかしたら私、今日の卒業式は泣いちゃうかもしれないなあ」

私って単純だ。
浮かぶ涙を振り払うように笑って見せるとブラックは笑い返す。
ブラックの言う通り、伊達メガネじゃ見えないものも見えなくなるかもしれない。
だからいつか本当にメガネが必要になるその日まで、このメガネは封印しておこうかな。
枠のない空は広大でどこまでもどこまでも、無限に可能性を表すようにひろがっているような、そんな気がした。
さて、チェレンももう待ってるだろうから、卒業式に急がなくっちゃ。


 指紋だらけのレンズでは何も見えないだろう

 title by:√9















卒業したので書いてみましたが、何が何だかわからないことになりました。
ベルがベルじゃないしブラックがブラックじゃない。
うだうだ考え込んじゃう系ベルも好きです。
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