いろいろ

□馬鹿だな、もう死んだのに
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(シン→アヤ)

好きだとか嫌いだとか、どうして人は他人に対してこうも色々と思ったり考えたりするんだろうか。
そんなことがなければもっと人間社会は円滑に回せていけるはずなのだ。
もっともっとよくなるはずなのだ。

「シンタローは相変わらず、私にはワケわかんないようなことを考えているんだね」

赤色のマフラーをつけて、彼女は笑っていた。
そういう笑顔だって、表情だって、いらないと思う俺をアヤノはまたワケわかんないと言うだろうか。
表情さえなければ、喜怒哀楽さえなければ好きだとか嫌いだとか、そういう感情があったってまだマシになるだろう。
顔色をうかがうだとか顔に出さないように気を付けるだとか、そういうことをしなくて済むようになれば世界は平和になるはずだ。
もっとも、誰も心を開かなくなりそうなものだが。

「えー、私は好きも嫌いも、笑顔だって、なくなってほしくないな。それがなくなっちゃったら人間らしさって何なのさって、なっちゃわない?」
「人間らしさ……」

煩わしいと思ったそれらをほぼ枯渇させてしまった俺を、じゃあ彼女は何と言うだろう。
らしさを失った人類を、一体何だと言うのだろう。
うつむく俺を横目にアヤノは席から立ち上がって窓際に寄った。
窓の外にはきれいな橙の世界が広がっていて幻想的で、どこか違う世界のようだ。
一瞥した彼女はすぐ、くるりと回ってそれらに背を向け、俺に笑顔を見せる。
他意のない笑顔だった。
見返りなんか求めていない、純粋で純朴で素直なそれ。
向けられ慣れていないそれは俺をうろたえさせるには十二分にも事足りる。
たまらず、思わず合わせてしまった目を慌てて反らすとアヤノはさみしそうな顔をしたような気がした。

「もう。そんなこと言うシンタローは嫌いになっちゃうからね!」
「は?」
「し、シンタローは好きも嫌いも関係ないんでしょ。ならいいじゃん。ふん、シンタローなんか嫌い!」

してやった!と言うかのように顔を輝かせて嬉しそうに言うアヤノだが、別に俺はそんなことを言った覚えはないのだが。
勝手に解釈された言葉を訂正する気も失せてしまえば彼女は暴走するだけだ。
でもまあ、それでもいいかなと思った。
理由なんてないんだけれど。

「そうか」
「えっ!それだけ?もっと何か、色々ないの?」
「ない」

冷たく返すとアヤノは膨れっ面をしてみせ、じっとりとした目で俺を見た。
言ってほしいんだろう言葉はわかっている。
言いたくないけど。
言わなきゃ彼女はずっとこのままこの体勢で俺を見つめ続けるんだろう。
こいつは変なところに執着があるから。
それは避けなければと思うと言わなきゃならない。
すう、と息を吸い込んで、俺は彼女に告げる。

「嫌い、は。やめてくれ」
「えー?どうしよっかなあ」

けらけら笑うアヤノは楽しそうだ。
笑顔のままに彼女はしょうがないなあもう、と言った。
優しい言葉だった。
俺に向けてくれた、優しい、言葉だった。

「嘘だよ。ごめんね、シンタロー。好きだよ」

友愛としてだろうものでも、しかし俺は嬉しかったのだ。
感情なんて表情なんていらないと思いながら、無くしたと思いながら、なくせなくて本当はほしくって。
礼を言うのも違う気がして、口をつぐんだままでいると彼女はまた笑顔を見せて「じゃあ帰ろっか」といった。
ぺたんこのスクールバックを肩にかけアヤノはマフラーを翻し軽い足取りで教室を出る。
沈み行く太陽が眩しくて思わず目を細めた。

「シンタロー?」

後をなかなか追わない俺を不思議そうに見て彼女は呼ぶ。
ああ、と答えになっていない答えを応えるものの俺は一歩を踏み出せない。
分かってる、この教室から出たらこのまやかしの世界は消えるのだ。
夕焼けの世界は消えるのだ。
そこを毎日訪れるために来る日も来る日も怠惰に過ごしやりすごしている俺を、彼女は決して嘲ったりしない。
当たり前だ、俺の理想を描くご都合主義上等の夢なのだから。
分かっているから、そんなに早く外へ行こうとしないでくれ。
ここにいさせてくれ。
ここを俺の現実に変えてくれ。
叶わない夢は、想いは、吐き出せずに俺は手を引かれるまま教室を出てしまう。
ぷつんと光景が途絶えて、目を開けるとそこには見慣れた自室の天井がある。
短い夢は終わってしまった。
俺はまた夢を見られるように眠気が来るまで、のうのうと人生を貪るのみだ。


 馬鹿だな、もう死んだのに

 title by:告別
















シンタローだって分かっているけど幸せな夢を見たくて閉じ籠ってあんな風に投げやりに生きてたのかな、と思ったので。

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