いろいろ

□雨を飲みこむ土の匂いも憶えてる
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(シルバーとブルー)


明るい昼間の陽射しの下よりも、薄暗い夜間の月明かりの下の方が俺たちは安心できていたんじゃないだろうか。
まわり全部を敵のように見ていた、あの頃の俺たちは。

そんなことを思ったのは用事も何もないからぼんやりと、窓の外で降り続ける雨を見ていたときだった。
こんな風にゆっくりと過ごせるのは久々で、ちょっと何をしていいのか分からないくらいだから困る。
とりあえずコーヒーを飲みながら本を読んでみたのはいいものの、これからどうしようか。
そんなことを思っていたはずなのにいつの間にかそんなことを考えていたのだ。
どうして俺は唐突にそんなことを思ったりなんかしたのだろう。
ちょっと哲学的な本なんかを珍しく読んでみたからだろうか。
小雨はさあさあと密やかな音をたてていた。
すると静かな部屋にポケギアがけたたましい音をたてて静寂を打ち消すから驚く。
誰だろう、こんなときに。
驚きながらも机の上のポケギアをあわてて取りに行き、通話のボタンを押すとプツリと音は途絶える。

『もしもし、シルバー?』
「姉さん!急にどうしたの?」

急いでいたから相手を確認せずに出てしまったのだが、彼女の優しい声が耳に届いて肩に入っていた力が抜けた。
姉さんは明るく、近くにいるから顔を見ようと思って。今、家にいる?と問う。
からりとした彼女の声の雰囲気は雨には似つかわしくない。
こんな日に出掛けてるの、と言うとあら、雨もいいものよ?なんて通話口で姉さんは笑った。




「急に来ちゃってごめんね。元気にしてた?」

わざわざお土産にケーキを買ってきてくれた姉さんは俺の渡したコーヒーを飲みつつ言う。
姉さんに聞くと「半分こしましょう」とのことだったので、俺と姉さんの前にはそれぞれケーキがひとつづつある。
フォークを渡すと、姉さんは真っ先に俺の前のケーキの上のイチゴを刺した。
昔からずっと食べる順番は変わらないようだ。

「まあまあ。姉さんは?元気そうだけど、何かあった?」
「特には何もないの。本当、幸せな日々よね」

重なりあったクレープは思った通り、フォークで分離させようとすると先が潰れて間のクリームが出てきてしまう。
こういうものは上手く食べられないから苦手なのだ。
対して彼女は美味しそうにモンブランを食べている。
まあ、幸せそうで何よりだ。

「シルバーは昔のこと、どのくらい覚えてる?」
「……昔って言えるほど昔のことじゃないよ。全部色々、覚えてる」
「ダメよ。忘れちゃった方がいいわ。あそこに幸せなんて、ほとんどないんだから」

ぱくりとクリームを口に入れる。
姉さんが過去まで相殺してしまったかのように錯覚した。
確かに恵まれたものでもないあの過去は幸せだと思えないものも多かった。
けれど、彼女との日々の中で幸せがなかったことはない。
それまで忘れてしまうのは、忘れようとするのは嫌だった。
姉さんは忘れてしまいたいようだけれど。ケーキを交換しても、姉さんが美味しく食べていたはずのケーキの甘味は、よく分からなかった。



姉さんが帰ってしまうとますます部屋はがらんとして見えるし静かに思える。さびしいなと思った。
俺は忘れないよ、あんな、今から思えば辛かったり嫌な記憶だけれど、絶対に忘れない。
こんな雨の日だって風の日だって雪の日だって晴れの日だって。
楽しくないときがないわけないじゃないか。
俺はちゃんと普通にあのときだって幸せだったはずなんだ。
彼女の去った部屋で目をそっと閉じても彼女の声はもう聞こえない。
代わりに降り続ける雨の音が聞こえた。
あなたが忘れても俺は、あなたが俺にしてくれたことの数々を忘れない。
コーヒーの残り香がかすかにただよっていた。
もうそろそろ夕方だ、夕食の買い物にでも出掛けようか。
彼女はどうか分からないが、どうやら俺はまだ、仄暗いくらいを好いているのかもしれなかった。
分厚い雲に覆われた空は、まだしずくを落とし続けている。


 雨を飲みこむ土の匂いも憶えてる

 title by:獣
















シルバーに幸せになってもらいたくて過去を捨て、未来を見てほしいと思うブルーと、過去の中の幸せを思い返して思い出として大切にしていきたいシルバー。
姉さんがこまめにシルバーと会っていてくれたり、連絡を取っていてくれたりしたらいいなと思ったので。

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