創作

□空気の魔法使い
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自慢だけど、俺はそれなりに我ながらいい兄だ。

自負するほどに優しく、他称されるほどに親切なのだ。


「……だから何なの?」

閉ざされたドアからは無言の抵抗が感じられる。

兄である自分にかけられた言葉も、妹から言われたとは思えない冷たい声色。


「だから、この扉を開けてくれないか?」

「拒否します」

どうして敬語!?


「いいだろ?な、せめて兄ちゃん一人が入れる隙間を!」

「やだ。生理的に受け付けることができない。吐くよ?」

妹にひどいことを言われた、俺の心はティッシュと同レベなので、
簡単に痛いところを付かれてしまった。


「吐く……そ、それでお前が部屋からでるなら……、
 兄ちゃんはお前に嫌われても、ま、全く……構わないっ」

「本当にそう思っているならドモらないでほしい」

はあ、と妹がため息をはく声が聞こえた。

どうやら今日はここまでが限度のようだ……。

どうして妹がこんな、いわゆるヒッキー(引きこもり)になってしまったのか。

折角なので思い返してみよう。


◇◆◇◆◇


それは春、妹が入試で受かって以来、家から出なくなった。

理由は分からなかった。

いつも『用事がある』だの『体調が悪い』だの言い訳をして。

明確な宣言をしたのは、高校の入学式の日だった。


『私、学校になんて行かないから!ずっとずっと、部屋にいるから!』

何となく勝手なイメージだが、そういうのって第一志望の高校に
あえなく落ちたりした人がするんだよな、そうだよな。

……あれ、第一志望に合格してなかったか?してたよな!そうだよな!?

入学前から登校拒否だ。

そして頑固な妹は両親の言葉にも耳をかさず、早いもので秋である。

兄として部屋から出そうと日々、奮闘するもののいかんせんメンタルが
ティッシュだから、毎日話し合い(?)は進展しない。

むしろ俺が悲しくなるだけの日々が続いている。


◇◆◇◆◇


「夕飯、ここに置いておくからなー」

「…………」

妹の部屋のドアに話しかけるも、何の反応もない。
大丈夫か、まず生きているか。

何故か妹は、俺が家に帰ってきたとき……17時から18時の間にしか、
会話をしてくれないのだから仕方無いといえば、仕方無いのだが。


「はあ……一時間後に下げに来るから、それまでに廊下に出せよー」

無言しか返ってこないと分かってはいつつも言う。

妹が部屋を出るのはいつになることやら。

何の信念を守っているのか知らないが、はやく出てきて願わくば、
学校に通ってほしいと願う俺だった。

昔からどんくさくて、だからか今も気にしてる。


……案外これは、俺一人への反抗かもしれない。


◇◆◇◆◇


「ただいま〜」

「……お、ッス」

家に帰り、いつものように妹の部屋のドアに語りかけようとした時だった。


――誰だ、この女は。


「オッス?」

「久しぶり、兄ちゃん」

とぼけても現実逃避しようとしても誤魔化せない。

妹が、自主的に部屋の外に出ていた。
いや、廊下だけれども。

それだけでも大きな進歩だ。

一体、妹に何があったのだ。


「えっと、……なんでお前、学校行ってないのに制服、着てるの?」

「!?」

ぱっ、とうつむく妹。
まずい、脱ヒッキー直後(かもしれない)人に、
“学校”とか禁句だったか、NGだったか。

慌てる俺を横目に、妹は言う。


「別に、着てもいーじゃん。ダメかな?あ、似合って、ない……?」

「似合ってる、似合ってる!超似合ってるよ、うん!」

そーかな、と照れたように笑う。

い、いよいよ……学校に行く気になってくれたのか!
失言を取り消そうと“似合ってる”と言い過ぎてシスコンっぽいなんて、
誰だそんなこと思った奴は。

そんなことは置いといて。
兄ちゃんは嬉しいよ!


「…………」

「………えっと」

ダメだ、久しぶりに顔を合わせたことも手伝ってか、話題がない。
普通の兄妹って、どんな話をしてるものなんだ!?


「ねえ、」

困っていたら、唐突に妹が切り出した。

おう何だ?とできるだけ優しく返す。

今から行く学校に不安を感じるのか?
それとも、友達の作り方をティーチングしてやろうか?










「私、今日から“魔法使い”になったの……!」









「………え?」

突然、何を言い出したんだ、この妹は。
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