創作
□空気の魔法使い
1ページ/2ページ
自慢だけど、俺はそれなりに我ながらいい兄だ。
自負するほどに優しく、他称されるほどに親切なのだ。
「……だから何なの?」
閉ざされたドアからは無言の抵抗が感じられる。
兄である自分にかけられた言葉も、妹から言われたとは思えない冷たい声色。
「だから、この扉を開けてくれないか?」
「拒否します」
どうして敬語!?
「いいだろ?な、せめて兄ちゃん一人が入れる隙間を!」
「やだ。生理的に受け付けることができない。吐くよ?」
妹にひどいことを言われた、俺の心はティッシュと同レベなので、
簡単に痛いところを付かれてしまった。
「吐く……そ、それでお前が部屋からでるなら……、
兄ちゃんはお前に嫌われても、ま、全く……構わないっ」
「本当にそう思っているならドモらないでほしい」
はあ、と妹がため息をはく声が聞こえた。
どうやら今日はここまでが限度のようだ……。
どうして妹がこんな、いわゆるヒッキー(引きこもり)になってしまったのか。
折角なので思い返してみよう。
◇◆◇◆◇
それは春、妹が入試で受かって以来、家から出なくなった。
理由は分からなかった。
いつも『用事がある』だの『体調が悪い』だの言い訳をして。
明確な宣言をしたのは、高校の入学式の日だった。
『私、学校になんて行かないから!ずっとずっと、部屋にいるから!』
何となく勝手なイメージだが、そういうのって第一志望の高校に
あえなく落ちたりした人がするんだよな、そうだよな。
……あれ、第一志望に合格してなかったか?してたよな!そうだよな!?
入学前から登校拒否だ。
そして頑固な妹は両親の言葉にも耳をかさず、早いもので秋である。
兄として部屋から出そうと日々、奮闘するもののいかんせんメンタルが
ティッシュだから、毎日話し合い(?)は進展しない。
むしろ俺が悲しくなるだけの日々が続いている。
◇◆◇◆◇
「夕飯、ここに置いておくからなー」
「…………」
妹の部屋のドアに話しかけるも、何の反応もない。
大丈夫か、まず生きているか。
何故か妹は、俺が家に帰ってきたとき……17時から18時の間にしか、
会話をしてくれないのだから仕方無いといえば、仕方無いのだが。
「はあ……一時間後に下げに来るから、それまでに廊下に出せよー」
無言しか返ってこないと分かってはいつつも言う。
妹が部屋を出るのはいつになることやら。
何の信念を守っているのか知らないが、はやく出てきて願わくば、
学校に通ってほしいと願う俺だった。
昔からどんくさくて、だからか今も気にしてる。
……案外これは、俺一人への反抗かもしれない。
◇◆◇◆◇
「ただいま〜」
「……お、ッス」
家に帰り、いつものように妹の部屋のドアに語りかけようとした時だった。
――誰だ、この女は。
「オッス?」
「久しぶり、兄ちゃん」
とぼけても現実逃避しようとしても誤魔化せない。
妹が、自主的に部屋の外に出ていた。
いや、廊下だけれども。
それだけでも大きな進歩だ。
一体、妹に何があったのだ。
「えっと、……なんでお前、学校行ってないのに制服、着てるの?」
「!?」
ぱっ、とうつむく妹。
まずい、脱ヒッキー直後(かもしれない)人に、
“学校”とか禁句だったか、NGだったか。
慌てる俺を横目に、妹は言う。
「別に、着てもいーじゃん。ダメかな?あ、似合って、ない……?」
「似合ってる、似合ってる!超似合ってるよ、うん!」
そーかな、と照れたように笑う。
い、いよいよ……学校に行く気になってくれたのか!
失言を取り消そうと“似合ってる”と言い過ぎてシスコンっぽいなんて、
誰だそんなこと思った奴は。
そんなことは置いといて。
兄ちゃんは嬉しいよ!
「…………」
「………えっと」
ダメだ、久しぶりに顔を合わせたことも手伝ってか、話題がない。
普通の兄妹って、どんな話をしてるものなんだ!?
「ねえ、」
困っていたら、唐突に妹が切り出した。
おう何だ?とできるだけ優しく返す。
今から行く学校に不安を感じるのか?
それとも、友達の作り方をティーチングしてやろうか?
「私、今日から“魔法使い”になったの……!」
「………え?」
突然、何を言い出したんだ、この妹は。