創作

□楽観的なタイヤ
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「はあ」

残された、否、“遺された”と言うべきか。

消しゴムの俺は小さくため息を吐いた。


「過去の俺を思い返すなんぞ、黒歴史なんぞ振り替えってどうする、とも
 自分でも思うけど、今はセンチメンタルタイム、感傷的な時間に浸っちまいたい」


要は現実逃避の一環かもしれない。

なんたって自分、捨てられたわけだし。


◇◆◇◆◇


過去の自分の一人称は、信じられないことに“俺様”だ。

何考えてんだ消しゴムが“様”とか頭大丈夫か。


今なら冷静にそう考えられるが、あの時は何だってできる気がしていたのだ。


新品の自分になら、何故か世界を消し去れる、と。

信じていた。
確信していた。
自信を持っていた。
疑ったことなんて無かった。



……けれど。

使われ、日に日に減る自分の体(いのち)。


なんてバカだったんだろうか、過去の自分は。


ここ最近は持ち主が“丸い消しゴム”に精神をかけるようになったので、
角を取って取って削ぎ落とされて。


自分は今では小さな不格好な丸い消しゴム。

薄汚れた、普通の消しゴムにすぎない。


ああ、最近は前は仲の悪かった(一方的に嫌っていた)鉛筆にまで、心配されていた。


『……消しゴムさん、大丈夫?前と比べると大分変わったけど』


余計なお世話だ、と思った。

過去の自分ならすぐにそう言っただろう。
しかしそれは鉛筆に失礼だし、俺は無視を決め込んだ。


それはそれで失礼なのだけれど、そんなことはこの際何だっていい。


『前の消しゴムの方が、私は好きだったな……』


悲しそうな鉛筆に言われた言葉が頭の中でリフレインする。



「そんなこと、言われてもな……」


俺にはどうすることもできなかった。



ワイワイ言いながら、本来なら学校に通うべき年頃の少年少女が公園に集まりだす。

これがいわゆる、“不良”か。


ビクビクしつつも、バレて川に落とされるのは御免だったので声を潜めていると。


「あ、消しゴムさんだ!初めまして!ボクね、タイヤなんだよ!」


ハイテンションな自転車のタイヤに話しかけられた。


「何だよ」


「わあっ、消しゴムさんだっ……初めての見た……へー、本当に小さい……」


相手は答える気がなさそうだった。
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