創作

□ハート・ブロウカー
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心を壊す者。

彼女がそれを生業にしだしたのは、数年か前のことだった。


特筆すべき理由など、細かな意図など、難しい論理など考えていなかった。

いつの間にか、彼女は“心を壊す代行業”をしていて、また皆、それを当然のように受け止めた。

予定調和、異分子など無い。

元からこうあるべきだったかのように。

彼女の本名は誰も知らず、ただ“心を壊す者”として存在していた……。



ハー・ブロウカー



そんな彼女に私が心を壊してほしいと頼んだのは、他でもない今まで“親友”だった女の子だった。


「あなたは私の願いを叶えてくれるんですよね」

「ええ」

彼女は楽しくなさそうに笑い、気だるくなさそうに、つまらないと言うかのように、笑った。

「私があなたの願いを叶えることは容易だわ」

「あなたがあなたの願いを叶えることは難しいけれど」

「だから、よく考えて」

「あなたは私に、あなたの“可能性”を払うのよ―――」

彼女は顔に似合わず饒舌で、何度も何度も言葉を区切りながら、話す。


「可能性。あなたはそれを、理解していない」

「可能性。できる見込み。英訳するとポジビリティ―――、possibility」
「自分が努力次第でできるようなことを、人に代行させるのだから」

「それなりの対価だとは思うけれど、あなたはそれでいいの?」

「もちろん」

長い長い彼女のターンのあと、短く答える。


「私の親友……好敵手というか、大嫌いな子の心を、壊してあげてください」

「親友、好敵手、大嫌いな子……どれもこれも意味は違います」

「それをあえて同じ人物に宛てるなんて、あなたは相当な皮肉屋ですね」

「それとも、負けず嫌いかしら」

「まあそれはともかくとして」

「どのくらい、壊せばいいのかしら」

ようやく彼女は仕事―――代行の話へと移る。

一方的に喋り通して。

それなのに彼女がどういう人間なのか掴めない……。

そんな人間離れした彼女だからこそ、安心して頼める。

大切で大嫌いな彼女の破壊を。


「グチャグチャのメチャクチャのシワクチャのものに、作り替える気で。全部、壊して」

分かったかのように、彼女はゆっくりうなずいた。


「大切、と言い切るわりには、大嫌い、と言い切るように壊すことを依頼しますね」

「彼女の心の、何が気に入らないのでしょうか」

「あなたは友人のために友人の心を壊したいのですか?」

「もう少し詳しく、教えてくださいませんか?」

面倒くさそうと言うにはイマイチ欠けるが、真面目そうには見えない笑顔を浮かべ。

探るかのように、私を見据える。


「私は私のために彼女を壊したい。大嫌いだから」

理由になっていないような理由だと我ながら思い、言葉を続ける。


「私に優しいから。誰にでも優しいから。誰からも好かれるから。私も好きだから。
 私のことを知らないから。彼女のことを知らないから。彼女が分からないから。私を分かってくれないから」

「成る程」

椅子に座ったまま、彼女は肯定する。


「支離滅裂だね。でもまあ、多感なお年頃の女子生徒らしい、
 ある意味では模範解答のような答えだね」

「自分もそうではない、彼女もそうではない、と互いを打ち消してそれが理由になるとは」

「いやはや、最近の子はそういうのが流行りなのかな。そう、大方分かったよ」

ここで初めて、今日一番の晴れやかな笑顔を浮かべて。


「明日にはあなたの依頼を済ませよう。あなたは明日のこの時間から、その子との
 一切の関係が切れるようにしておくといいさ」

「彼女は“心が壊れる”んだから。あなたを忘れるし、傷付ける」

一旦言葉を区切る。

長いターンはまだ終わりそうに無いが、優雅な手つきで目の前のティーカップを持つ。

こくり、と一口飲んで、食器に小さな音を奏でさせながら戻す。


「その分、彼女も彼女を忘れ、彼女を傷付けるけれどね」

「さてと、商談成立だ」

「さようなら、きっと二度と会えないだろうから言っておこうかな」

先程の笑顔とは違う、最初に浮かべていた、気持ちの悪い笑顔を浮かべ。

彼女は言い放つ。


「親友の心を壊したいだなんて、あなたは酷いことを言うね」

「あなたの心は壊れているよ」

「まあ、もっと壊れるけど……」

椅子から立ち上がり、話しながらも帰る私を見送るようにドア付近までついてくる彼女。


「まあ精々頑張んな」

「……頼みましたから」

最後に見た彼女は、やはり見た者に吐き気を催させるような笑顔を浮かべていた。
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