創作

□ハート・ブロウカー
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「おはよう、エリア!」

「……おはよう」

エリアはゆっくり振り向くと、昨日までは無表情のまま
無愛想に言っていた朝の挨拶を笑顔で返した。


「エリアが笑った!ふふ、やっぱりエリアは笑った顔の方が可愛いね」

「ミモザの方が可愛い」

エリアがいつもとは違い積極的に返事を、しかもミモザにとって嬉しい返事を返してくれて。

ミモザは胸が幸せで一杯になる。


「ありがとう、エリア。ねえエリア、何かいいことでもあった?とっても幸せそう」

「……そう、かな」

ここはいつも通り。

聞いてはいけなかったかしら。

ミモザは取り繕うと口を開こうとすると。


「ちょっと言えないや。ごめんなさい、内緒」

「内緒か〜……でも、エリアが楽しそうならそれでいいや」

ふふ、とまた笑ってミモザは空を仰ぐ。

心なしかいつもより暖かく、煌めいているような気がした。












「あれ?」

学校に着き、靴を靴箱に仕舞おうとするとミモザは上靴の上に紙束があるのを目にした。


「何かしら、これ……」

上にきている紙には小さく、ミモザへ、と書かれている。


「ミモザ、どうかした?」

「あ、エリア。ううん、何でもないの。行こう?」

「………うん」

エリアを心配させたくなくて、紙束を鞄に押し込んで上靴を履いた。

エリアが目を伏せたことなんか、気づかなかった。













『ミモザへ』

そこから始まる紙束を前に、思わず考え込んでしまう。

読むべき……なのだろう。それは分かる。

でも、どこで……?


「おはよー、ミモザ。あれ、それどうしたの?」

「あ、もしかしてラブレターとか!?」

「バカ、この量は課題だろ」

「個別にこんな大量な課題、出ないだろ。連絡事項じゃないか?」

口々に推論を語り出すクラスメイト。

多い友人があだとなった。


「私もこれが何か分からないんだ……でも、もし、ラブレターなら。失礼だから、私……」

紙束を抱えて教室を飛び出した。


「ミモザ!?」

「おい、予鈴鳴るぞ!?」

「どこ行くんだよー」

何となくだけど、ラブレターでないとは思う。

だけど、だけど。

あそこでなんか読めない。

クラスメイトが私の奇行を止める声が確かに聞こえたけど無視した。

エリアの声は、聞こえなかった。













『ミモザへ』

結局“誰も来ない場所”など私には分からず、校舎裏の影にやって来た。

思った通り誰もいない……ホッとしつつ、紙を捲った。


『大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い……』

A4の紙一面に、大嫌いという文字が踊っている。


「え……?」

大小様々。だけどすべてそれは手書きで。

明確な悪意が、込められていて。

書かれた文字の一角一角が、憎しみを叫んでいるようで。


「う゛っ……」

気分が悪くなった。

だけど、でも。

読み進めなければ……そんな義務感に追われ、紙を捲る。


『あなたのことなんて知らないあなたのことなんて知らないあなたのことなんて知らないあなたのことなんて知らない』

「何、で……?」

分からない。

知らないのはこっちだよ!

思わずそう言ってしまいそうになるのを堪えて文字を追う。

特徴的な画々とした書体。

誰よりも好きな、誰よりも見ている、書体。

文字のひとつひとつに想いが込められているようで。

目が離せない。
放したいのに。


『あなたなんて分からないあなたなんて分からないあなたなんて分からないあなたなんて分からない』

『見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな』

『話しかけるな話しかけるな話しかけるな話しかけるな話しかけるな話しかけるな話しかけるな』

『やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!』

数々の私への否定の言葉。

認めたくない、大切な、誰よりも意思の疎通をしてきたはずの人の書体。

大嫌い。
知らない。
分からない。

やめろ!!


「ずっと……そんな風に」

ははは、と。

どこからか、自分の口から出ているはずの笑い声が遠くから聞こえるような。

現実じゃない、こんなこと。

嘘だ、だって今日はこんなにも空が綺麗で……。

もう何も考えたくない。

軽く目を瞑り、深呼吸をする。

落ち着いて、……落ち着けば。

きっと世界は元通りに刺激のない毎日の連続で。

それが幸せなのに。


「……おはよう」

「ひっ」

今一番会いたくて、一番会いたくない人の声がする。

目を開けたくない、開けられない。


「ミモザ、紙を見ないの?」

まだ全部見終わっていないことを諭すかのように、咎めるかのように。

よく知る声は、続ける。


「私の気持ちだよ、それが全部真実だよ。あなたの求めた、私の本心」

「あなたが望むから、書いてきたんだよ」

「あなたの望んだ内容じゃないけど、仕方ないよね」

「みんながみんな、考えることが同じな訳、ないに決まってるんだから」

「ね?ミモザ」

ぱ、と手を肩に置かれて。

いつもなら嬉しいはずなのに、幸せな気持ちになるのに。

恐怖で無意識に、震える。


「ねえ、あなたはいつまで目を瞑っているの?」

「あなたの望んだ私の本心、全部ここにあるのに」

「分からないの?私はずっと、あなたのこと―――」

続く言葉は容易に分かった。

ここまで言われて、見て、だけど、それでも。

それでも、それでも。


「やめて…………エリア」

止めて欲しかった。

彼女の口から、続きの言葉など聞きたくは無かった。


「―――あなたのこと、大嫌いだよ」

「イヤっ…………!!!」

目の前が、瞑っているはずなのに。

見えない、はずなのに。


『大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い』


『あなたのことなんて知らないあなたのことなんて知らないあなたのことなんて知らない』


『あなたなんて分からないあなたなんて分からないあなたなんて分からないあなたなんて分からない』


「いやっ、いや……!!」

言葉が、動いて。

憎悪が、怒りが、思いが、想いが。

私に―――激突して。

痛い。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!


「うわああ……う、わ、あ、あ、あ、あ!!」

目を見開いてるのに。

見える世界は灰色で、

大嫌いで、文字が踊っていて、辛くて悲しくて。

あの子がいない。
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