創作

□ハート・ブロウカー
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あの子がいないの。

そんな世界、いらない。

いらない。

いらない。

だったらもう、いっそのこと。


「“全部消えちゃえ”!!」

意味も理由も概念も感覚も倫理も論理も分からない。

でももういいの、だっていらないから。


「………あ、は」

いらない。

怒りも憎しみも喜びも悲しみも寂しさも虚しさも愛しさも温もりも愛想も苦しさも蟠りも、全部。

いらない、から。

要らない。


「依頼は遂行されました。ミッションコンプリート」

今はもう空しく笑い声をあげるだけになったミモザの前に立つ少女は続ける。

「しかし、この子は依頼してきたあの子がよっぽど好きだったんだね」

「でも好きな子の字を間違えるなんて」

「声を勘違いするなんて、人間って悲しいな」

「いや、結局はこの子もあの子から“嫌われている”と分かっていて好きだったのかな」

複雑な心理を読み解く気はどうやらないらしく、いい加減に適当に自己簡潔させる彼女。

いつものように饒舌に、延々と話し続ける。

もう“壊れた者”以外に、視聴者はいないのに。


「だとしたら人間は本当に嫌な生物だ。嫌われていながら好くなんて」

「私にはできない」

「まあ今回も比較的簡単に心が壊れてくれた」

「依頼人の“心を壊してほしい理由”を言ってるだけだけど」

相思相愛はないということか。

皆一様に、あっさりと心を壊すから。


「要らないだなんて、そんなことあるわけないよ」

焦点のあわない少女の前に立ち、彼女はまだ続ける。


「自分が消えたら元も子もないだろ?」

「人生は一度きり、世界は自分のために自転を繰り返しているのだから」

「要らないわけないじゃん」

「じゃあね、心なんか壊してごめんよ」

事後報告をしてその場を去る少女。

乾いた意味を持たない笑い声をあげ続ける少女は、目もくれず。

最初からそうだったかのように、笑う。

彼女が去ったあとも、少女は笑い続けていた。















「なあ聞いたか?ミモザの話……」

「ああ、聞いた!気が狂ったって話だろ?」

授業後、教室内にて。

掃除中だということを誰も気に止めず、こそこそと話す。

掃除しているのは私だけ……まあ、どうでもいいのだけれど。

男子生徒が私を盗み見てから、クラスメイトと小声で話す。


「それがさ、噂では“心を壊す者”が絡んでるらしくてさ」

「マジで?じゃあミモザはあいつに……」

「おい、それ以上は……」

私の顔を見ようとした生徒を慌て止める。

そうだよ、私がミモザを壊してもらったの。

でも私は悪くない。

直接手を下していないから。

私のせいじゃない。

私は悪くない。

悪くない。


「掃除終わった?エリア、もう帰ろうよ」

几帳面でウザいよ、と告げるかのごとく。

表面上は優しいクラスメイトのように、しかし水面下では私を罵りながら。

丸分かりだけど気付かないフリをして女子生徒に返す。


「あとこれを集めたら終わりだよ」

「そっか」

別に答えなんかどうでもいいのだろう、適当な相槌を返される。


「じゃあ先に帰ってもいい?」

「………いいよ、あと少しだし」

「ありがとー、じゃあねエリア!」

「うん」

バイバイ、と手を振りながら。

もうすぐ時刻は、昨日の依頼時間。


「ミモザも……バイバイ」

きっともう壊れたであろう、初めてにして唯一の、そして私にとっては最後の友人に声をかけた。

たとえもう声が届かないにしても、仕方がない。


「私はこれからもミモザがいなくても強く生きていくよ」

だって私は、あなたより強いから。

怖くなんてないから。

全てを失っても。

夕暮れ時の教室が橙に染まる。

ゴミを集めて顔をあげると、案の定室内には私以外に無人だった。


「ふう」

「こんにちは……、いえこんばんは、かしら」

不意に声をかけられた。

振り向くとそこには“心を壊す者”である彼女の姿があった。

今までいなかった場所に唐突に現れる……。

人間離れした、彼女。


「英語に夕方時の挨拶はあったかしら」

「うっかり思い出せなくなってしまったから、この場はひとまず“こんばんは”」

「あなたの願いは叶えたわ」

「だからあなたは可能性を失った」

うなずく―――代償は覚悟済みだから。


「あの子と仲良くできた可能性。あの子をあなたが殺していた可能性」

「無限にあったけれど、それは今となっては消えたわ」

「あなたはこれから、どうするの?」

「どうもしませんよ」

驚いて、すぐに返した。

私がミモザの心が壊れたくらいで、どうにかするのか。

どうして―――どうにかならなきゃいけないんだ。

自分で依頼したのだ、悔いなど……あるはずが、ない。


「じゃあ図太く生きていけばいい」

「だけど忘れないで」

「あなたはズルをしたことを」

「面と向かって、あの子と向き合わなかったことを」

「あなた自身の言葉が、あの子の心を壊したことを」

「私が?」

ついつい反論してしまう。

だってあなたがコワシテクレタンデショウ?


「あはは、やっぱり皆面白い勘違いをしてるものなんだね」

「あなたの言葉であの子を壊したに、決まってるじゃないか」

「私は“心を壊す代行者”、代行業だ」

「そうだね、分かりやすくするために有名なマンガから引用させてもらうと」

「そうだね、BLE●CHとか」

「あれは確か、死神の代行だろう?」

けらけらと、いつものように。

こちらが吐きたくなるような気持ちの悪い笑顔で言葉を紡ぐ。


「私は『あなたの代わりに』あの子を壊した」

「代わりなんだから、あなたの言葉を、使わなきゃ」

そうじゃなきゃ“代行”じゃないだろう?

楽しくなさそうなのに口角を上げ。

辛そうなのに目元を和らげ。

吐きそうになる笑顔。

気持ちが悪い―――自分の気持ちが、感情が彼女の顔に出ているようで。

自分の顔を見ているようで。


「ご理解いただけたかな」

「まあそんなわけで、あなたはあの子を壊したんだ」

「間接的にだけど」

「責任は、あなたにもあるんだよ」

「責任からは逃れられない。」

スラスラと言いたいことを言い、スタスタとドアに向かい歩いていく。


「だから精精頑張んな?」

別れ際に、依頼したときと似たようなことを言い。

去ってしまう。


「私は」

私はどうするべきなのだろう。

せっかく願いが叶ったのに、心は晴れなかった。



「心を壊すだなんて、言葉で誤魔化してるけど」

廊下を歩く彼女は一人で語る。

誰に言うわけでもなく、語る。


「他人の精神破壊してまで、人間は何を望むのだろう」

「ああやっぱり、人間って残虐だなあ」

楽しそうに苦しそうに自虐的に笑い。

彼女は歩き去った。












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