創作

□去る日曜日
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潮風香る、港町。


ボーッ。ボーッ。


低く野太く船からの汽笛が辺りに響く。


「……ふふ、」

白色のワンピースをはためかせ、堤防の上を笑いながら駆ける少女。


「私は、女神なんだ――――!」

強い風の音に掻き消される少女の言葉。

風が強く吹く中、少女の周りは総ての風が凪いでいた。

立ち尽くす少女を、誰も見てはいなかった。
















 雨の女神様!













「さみぃー……」

風が吹き付け、赤く腫れた耳をマフラーに埋めさせようと首をすくめると、
隣の幼馴染みがクスクスと笑った。


「あはは、そんな寒くないだろ?梨夢(りむ)は本当に寒がりだなあ」

「うっせえよ、凪(なぎ)だって防寒してんじゃないか」

当たり前じゃん冬なんだから、とおどけたように言う凪に、俺は白い息をついた。

男二人でサイクリング、と格好つけて来たものの行き先はいつもと変わらない。

中央総合病院。

白く高くそびえ立つ、海沿いのそれには
俺たちのもう一人の幼馴染みが囚われている……。

って、ただ入院しているだけなんだが。


「囚われている、かあ。確かに言いえて妙だな、梨夢にしては例えが面白い」

「そうか?」

「だってさ、退院してもすぐにまた入院させられてるだろ、秋和(あわ)」

「………」

そうなんだけどさ。

だけどな、凪、そんなんしょうがないじゃないかよ。

秋和だって望んで入退院を繰り返してるわけではない。

俺たちのもう一人の幼馴染みは、岩見(いわみ) 秋和という。

とりたてて病弱というわけではないけれど、昔から病気を抱えているらしい。

本人があまり聞いてほしくないらしく、俺たちは病名すら知らなかった。


「―――何回目だっけ?」

「え?」

不意に呟いた凪の顔を振り返って見ると、その顔にはおよそ表情といえるものは。

何故だか存在していなくて。


「だからさ、秋和が入院するの。何回目だっけ?」

「……もう何十回もしてるだろ。初めて入院したのが小1の頃だろ?」

「なーんだ、梨夢は数えてないのかよ?68回目だぜ?」

へにゃり、と笑いながら言う凪。

先程ふ、と見せた無表情は何だったのだろうか。

チキンで現状維持以外に恐れを抱く俺には聞くことはできなかった。


「よっ、とぉー……」

自転車を跳ぶように下り、駐輪場に停車させる。

ガシャン、と鍵をかけた時に一際大きな風が吹いた。


「っうー、今日は風が強いな」

「天気予報ではそうでもなかったし……30分くらい前からじゃないか?
 風が強くなってきたのって……」

「そうだなあ、言われてみればそんな気が」

軽い会話をしながら歩いていってエレベーターのスイッチを押す凪。


「今回は8階なのか」

「おう、昨日メールで聞いた」

相変わらず仲良いなあ、なんて口の中でだけ呟く。

……相思相愛なのは目に見えそうなほど明らかなのに、関係を何故変えないのだろうか。

俺のように変わることが怖いのか、それとも。

それとも、俺に遠慮をしているのか。

考えても仕方のないことをうだうだと繰り返し、頭の中で考えると目的地に到着。

なめらかに音もなく開く扉。

一歩踏み出すと、そこでは


「ちょっと、女子トイレ全フロア確認急いで!」

「防犯カメラの解析速く!」

「まだご両親はいらしてないの?」

「受け付けはどうして気付かなかったのよ!?」

ドタバタ、と言い表すのが妥当だろうか。

看護師が慌ただしくせわしなく、走り回っていた。
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