創作
□天真な火曜日
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「何だよ、梨夢が昨日『転校生は恥ずかしがり屋』って言うから
そうなんだと思ってたのに、全然違うじゃん。積極的で意欲的、
クラスに早くも溶け込んでリーダー格になってるし」
「……誰のことだよ、それ」
「だからさ、え、梨夢話聞いてた?積雲さんだよ」
お昼時。
3段重ねのいささかデカすぎやしないかと思う黒色の、
主に部活の合宿で使用していた弁当箱をつつきながらにこやかに凪は言う。
ちなみに俺は手の平より一回り大きなタッパー2つをつついている。
1つには白米、もう1つにはおかずという、飾り気ゼロの面白味の無いものだ。
今朝の、第一回目、ファーストインパクトが見事に命中的中、クリティカルヒットを
かました積雲はその後の午後の授業でも破壊光線を繰り出したのだが。
「それにしても1限目はヤバかったよなー」
「ああ……数学か……」
そうアレは、数学の授業のことだった。
***
「ふあー……」
くあっ、とうなりながら小さく欠伸をする積雲にクラスの全員が注目する。
噛み殺せよ、欠伸くらい。
受験生が受験前に学校に来て受ける授業なんて『入試演習』ばかりだ。
1限目からそんなことされたら眠くなる、そう思うのが学生だろう。
だけど、だ。
「どうしましたか―――積雲さん?」
「あ、先生」
生真面目な数学教師は積雲の行為に眉をしかめながら近づく。
普通なら欠伸したあとに近づいてきた先生に対して『あ、先生』なんて言えない。
カツ、とかかとを鳴らして積雲の席の前に停止する教師に積雲は屈託なく笑う。
教師相手にこんな局面で破顔するなど、昨日の積雲からは考えられない。
正に、赤の他人のような、自然な動作で、笑う。
「この問題は以前解いたことがあります。その時に解き方を
全部覚えてしまいまったので、暇になってしまいました」
照れたように頭をかいて、悪びれず目を細める積雲。
教師の時間は、刹那止まったであろう。
「ぜ……全部?」
「はい。あ、見ますか?」
満点の回答用紙を自慢気に、照れながらも教師に見せつける積雲。
褒めてくれ、と言わんばかりにアピールしているのだが、教師は気付かなかった。
実際は気付いていたのかもしれないが、教師は何もリアクションをとらなかった。
「あの…………先生?」
停止してしまった教師に積雲が遠慮がちに話しかける。
教室中が2人の一挙一動を固唾を飲んで見守っていた。
積雲は気付いていないのか、教師の顔を必死に伺っていたが。
「全部分かるから暇―――ですか」
「はい」
理解してくれたのがよっぽど嬉しかったのか、くしゃりと顔をさらに破れさせる。
積雲の破顔に限界は無いようだ。
そしてそのまま彼女は続ける。
「―――だから寝ても良いですか?」