創作

□吐き出す土曜日
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あっさりと負けてしまった秋和は“ケンカ”が終わってからもしばらく、
自分が“力の尽きた”場所にぺたん、と座り込んでいた。

泣きもせず、嘆きもせず。

ただ呆然と座り込んで。


「悪いことしちゃった」

悪びれていなさそうに明るく、背後から積雲に声を掛けられた。


「今のは“晴れ”の人格か?」

「あれ、すごい何で分かったの?」

いや、テンション高いから。

積雲のテンション高い所なんて、“晴れ”以外にまだ知らないから。


「“神様”になったばかりなのに、彼女はよくやったと思うよ」

後は慣れと、戦術を磨けば完璧だよ、と軽く言う積雲。


「ラッキーだったもん、私が勝てたのなんて、彼女が私が戦略をたてる以外に歯向かう術が
 無いことを知らなかった、だけだから」

戦略が封じられていたら私は確実に負けてたよ、と笑いながら言う。


「だから、悪いことしちゃったなあ。ごめんね、今度プリンおごる、って言っといて」

じゃーね!と明るく言って、小走りに帰ろうとする積雲に。

俺は何か言わなければ、と思って。

思わず、呼び止めてしまった。


「待て、積雲!」

「ん、どうかした?」

「…………」

何か言わなければ、いけないはずだけれど。

何も、思い付かなくて。

結局俺は、頭を軽く振った。


「……何でプリンなんだ?」

「なんだそんなこと?」

分かりきったことでしょう、と輝かんばかりの。

それこそ“晴れ”に相応しい、太陽のようなまぶしい笑顔で。


「プリンは世界を救うんだよ!」

ビシッ、と何故か人差し指を天高く突き上げポーズをとって。

スキップで積雲は帰っていった。

なんつーかその、どんだけプリン好きなんだ。

“晴れ”の積雲はよく分からなかった。

いや、俺はどんな天候の積雲だろうと、よく知らない。

天候ごとに変わらずとも、他人のことがよく分かっていない。

凪のことも、秋和のことも。


「……野分くんはハーレム状態に陥りたいの?」

「は?」

まだ帰っていない鬼負が、わざわざ俺の正面に立って言った。

ハーレム状態って……あれはマンガとラノベの世界にしかないものだろう。

周りの女子全員が自分を好きになるなんて、現実的に有り得ないのだから。

そんなリーダーシップ張ってるわけでも、イケメンなわけでもないのだから。


「何だよ鬼負、自分で考えておいて俺の心はズタズタになったぞ。
 急にハーレムとか言うなよ」

「いやあだってさ、帰り際の女子に、普通は声を掛けないものでしょう?」

「………」

確かに掛けないけれども。


「今は普通じゃないだろ」

「でも一般的に、野分くんは秋和の為に残ってるんだから、
 秋和を励ましたりするべきじゃないの?」

他の女子に声かけてる場合じゃ、少なくともないと思うよ、と言われて。

逃げ場がなくなる。


「秋和は、今何言ったって無駄だろ」

それに励ましは、俺なんかからよりも凪からしてもらいたいだろうから。

そんな俺の思いもお見通しなのだろうか、“偶然”タイミングよく、鬼負のケータイがなった。

オレンジ色の、スマホ。

鬼負が使うと、何だか鬼負が遠い世界の人のように思える。

事実、遠いのだけれど。

女神様と人間との間は、遠い。


「ん、そうだね」

スマホをポケットにすべりこませながら、鬼負は思わせ振りなことを言う。


「これで女神様の業務は終了、明日からは私はこれまで通りだから、ビビんないでね」

からかうように俺を見て笑って。

ぴっ、と片手を上げた。


「邪魔者は退散するよ、じゃあね」

「ああ……じゃあな、鬼負」

積雲が帰り、鬼負が帰り。

俺たちだけが、おれと秋和だけが屋上に残る。


「…………」

特に何を言うわけでもなく、沈黙が続く。

ただ一点を見つめたまま微動だにしない秋和を視界の隅に捉える。

秋和が満足するまでここにいようか、とも思ったけれど、風も強くなってきたことだ。

俺は少し空を見上げて、果たして今日の本当の天候は何だっただろうか、と思い。

コンクリートの地面と目を合わせて言った。


「そろそろ帰るか」

「………うん」

返ってきた声は、幼いあの日の秋和のそれに、とても似ていた。
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