創作

□FLRG旅立ち
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あの日は確か、兄さんがグリーンさんと旅に出て1年経つか経たないかくらいのことだったと思う。

夏ごろに“ロケット団”という悪の組織を兄さんが壊滅に追いやった、と嘘のような噂が流れた。

本人に確かめようともまだポケギアなんて開発前で。

リーフに『マジでレッドさんロケット団を潰したの?』と聞かれても、私たちも曖昧に答えるしかなかった。

そんな、兄さんとの関わりが皆無だった私たちの元に、兄さんから帰って来たのだった。

冬の終わりごろだったけれど、夏ごろの噂話が冷めることはなく、
何故かリザードンの背に乗り帰ってきた兄さんに『おかえりなさい』と言うよりも早く、
私たちは『ロケット団を壊滅させたって本当!?』と聞いてしまった。

母さんにもナナミさんにもあきれられちゃったっけ。

何度聞いても、旅に出てさらに磨きがかかったのか無表情と無言を貫いた兄さんは、
私たちが黙るとやっと口を開いて、『お腹減った』とだけ言った。

兄さんらしくて、つい私たちは笑ってしまった。

結局兄さんがロケット団を壊滅させたのかどうかは分からずじまいだったけれど、
兄さんは事も無さげに夕飯の席でサラリと爆弾を投下した。


「来週、チャンピオンと戦うことになった」


チャンピオン。

ジムバッジを全て集め終えているだろうことは、グリーンさん経由で知っていたけれど。


「それって、四天王は倒したってことか?」


「そう。
 チャンピオンは特に公正にやるみたいで、開催日まで暇」


ファイアの問いに、兄さんは面倒くさそうに続ける。


「すごいじゃない、応援に行くわね!」


母さんは嬉しそうで、そんな母さんの反応を見た兄さんも、少し嬉しそうだった。

でも、私たちは先週のリーフの喜びようを覚えているから。

素直には、驚けなかった。


「現チャンピオン、グリーンさん……だよな」


「? よく、知ってるね、ファイア」


そりゃ知ってるに決まってるじゃん兄さんリーフが自慢しないわけないだろ、とファイアはまくしたてる。

グリーンさんがチャンピオンになったのは、つい先週のことで。

……グリーンさんが兄さんに勝てたことは、無いと言う。


『グリーンはレッドさんに勝ったこと無いんだってさ。
 でも、グリーンの方が早くチャンピオンになったんだぜ!』


やっぱグリーンすげえよな、と興奮ぎみに言ったリーフ。

兄さんはきっと、グリーンさんに勝てるだろう。

だって兄さんは、とても強いから。

だからこそ失礼だけど私たちは―――先に、困っていた。

グリーンさんが負けてしまった後のことを。

今思えば、何とも失礼な話だ。

兄さんはこの日からチャンピオン戦のある日まで家で過ごして、私たちは一緒に兄さんの応援に行った。

白熱した、すさまじい戦いだった。

ポケモンバトルはこうなんだ、と認識を改めさせられるくらい。

技を、フィールドを、作戦を駆使し、相手の隙をいかに突くか。

グリーンさんも強かった。

だけど兄さんは、もっと強かった。

グリーンさんが最後のポケモンを出した時、兄さんのポケモンは傷付いてはいたものの、
瀕死に至っていたポケモンはいなかった、と言えば分かるだろうか。

結果から言うと、兄さんの勝利で試合は幕を閉じた。

呆然として、けれどすぐに、お前にはいつも負かされてばかりだな、とグリーンさんは寂しそうに笑った。

グリーンさんの側の応援席にいたリーフを見ると、悔しそうで、でも仕方ないと分かっているようで。

何だか酸っぱい顔をしていた。

いざその時になってみると分からないものだ。

グリーンさんが負けたら、どうすればいいのか分からなかったけれど、純粋に兄さんの勝利を
喜んでいいんだな、とファイアは私に呟いた。

私も同じ気持ちだったから、そうだね、と返した。

そんな中。

兄さんはやけにあっさりと審判に申し出た。


『チャンピオンの権利を棄権します』


何故だか分からなくて、グリーンさんも何でだよ、と怒って兄さんの胸ぐらをつかんで。


『僕はグリーンとバトルしたかっただけだから、チャンピオンにはなりたくない』


兄さんはそう告げて、リザードンの背に乗りどこかに行ってしまった。

……それが兄さんを見た、最後の日だ。












(彼の気持ちは、彼にしか分からない)




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