adOratiO
□モモンのみ
1ページ/2ページ
「しくじった…」
群青の海岸の岩影に生えているキングリーフを採取していたら、うっかりスコルピに足を刺された。今カバンに入っているのはキングリーフ、クスリソウ、ゲンキノツボミ、あとはチーゴのみ。残念ながらなんでもなおしはクラフト出来ない。
唯一連れていた手持ちのユキメノコも、スコルピの群れを蹴散らしてくれたが既に満身創痍。かくなる上は。
「…時空の歪み……」
拠点に帰るまでに必ず通る道に、大きく歪みが発生していた。さて、歪みが引っ込むのが早いか、それまでに体に毒が回ってくたばるのが早いかどっちかな、と考えている間に無情にも視界は霞み、岩影にもたれていることも出来ずに地面に倒れ込む。
「ユ、キメノコ…」
カタカタ、とボールが揺れた。ユキメノコが出たがっているのか。
…本当に私がここでくたばってしまったら、この子も道連れにしてしまう。それは避けたい。彼女も満身創痍だが、元は野生だ。うまく隠れてやり過ごせるかもしれない。
まさしく最後の力とでも言うように、震える手でボールを掴み、渾身の力でボールを投げた。
ユキメノコは大きな声で鳴くと、私に背を向け去っていく。
…そう、それで良い。今までありがとう。
身体が冷たくなってきた。目を開けていられない。呼吸がうまく出来ず、震えが止まらない。
薬屋が解毒できずに死ぬなんてとんだ笑い話だな、と薄れる意識の中に現れたのは、比較的大きなガブリアス。なんで海辺にガブリアスが…?と思うのも束の間、こんな状態だ。間違いなく私はここでガブリアスに喰われて死ぬ。
……あぁ、最期にあなたに逢いたかったな。
「…ウォロ、さ…」
「おや?まだ意識があるのですか。存外タフでいらっしゃる。」
「…、…だ、…?…れ、」
「ふふ、意識が混濁していますね。まあスコルピの毒を食らったのなら当然ですが。さあ、これを食べて。モモンのみです。」
「………も、…、」
「ああほら、気絶しないでください。モモンのみに解毒作用があるのはご存知でしょ?というか貴女の研究成果じゃないですか。」
夢か現か分からない。
これが現であるなら、なぜウォロさんがこんな所に?頭なんかろくに働かないし、ピクリとも身体を動かせない。夢、なのだろうか。
「…仕方ないですね。まだ貴女に死なれても困りますし。」
そう言うウォロさんはガリ、とモモンのみを齧ってある程度咀嚼をすると横向きに倒れていた私を雑に仰向けに転がす。そして細く長い指で私の口をこじ開け、そこにモモンのみを流し込んだ。
ぶわ、と広がるモモン特有の甘い香りと、吐き出さないように一緒に口内に入ってくるウォロさんの舌の生温さに身体がびっくりして動かないはずの身体が反射で拒絶を起こしビクンと痙攣する。
「…薬としての効能は…丸一個でしたね。」
ガリ、と同じように味を噛んでは口移しされ、飲み込むまでを確認される。身体が反射でビクつくのを嫌ったのか、ウォロさんは私が抵抗しないように少し体重をかけてくる。
「ハイ、これで全部です。まだ生きてますか?」
「……」
「もしもーし、ミカヅキさーん。」
「……………」
「………脈はあるが弱いな。迷走反射か。全く面倒な。」
完全に気を失ったミカヅキの手首を乱雑に掴み取って脈を確認する。かろうじて生きてはいるが、毒は既に全身に巡り、傷口からの出血も決して少なくはない。彼女のユキメノコが自分の元へ来るのがあと少し遅ければ、きっと助からなかっただろう。
「混濁していてワタクシとは分からなかったでしょうが…一応やっておきますか。ミカルゲ、催眠術。」
慣れた手つきで腰からミカルゲを繰り出すと技をかける。手早くそれを済ませると、米俵を背負うかのようにミカヅキを肩に担いだ。
「やれやれ。この借りは高くつきますよ。」