神と化け物と神童と。

□☆兄さん≒加藤くん☆
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深い深い暗闇。
最初はそこを彷徨っていた。
宛てもなく…ただ出口だけを探して歩き回っていた。
琥珀「…本当に出口あんのかな…」
少し不安になって呟いてみる。
僕の声は響くこともなく、闇に吸い込まれていった。

うーん…凄い不安だ。
早く夢から覚めてくれないかな。

それから暫く歩き回っていると、前方に明るい光のようなものが見えた。

!もしかして…!!

僕はその光目指して走り出した。
そこが夢の終わりだと信じて。


パァッ!!
眩いほどの光に包まれると、僕は目を閉じ夢から覚めるのを待った。

…だが一向に覚める気配がはい。

琥珀「っ…?」
ゆっくりと目を開けてみると…僕はいつのまにか、何処かの家の玄関に立っていた。
琥珀「こ…こは…」
…見覚えのある風景。
その家は紛れもないかつて僕が住んでいた家だった。
琥珀「なんで……」
呆然とその場に立ち尽くしていると突然名前を呼ばれた。

『琥珀』

琥珀「!」
驚いて声のした方を振り返る。
……そこには。
琥珀「…に…兄さん……?!」

死んだ筈の大好きな兄が居た。
『琥珀…お帰り。』
優しく笑って立っていた。
変わらないその笑顔は僕に向けられている。
僕はそれが嬉しくて。
嬉しくて嬉しくて。
思わず涙ぐんだ。

すると兄さんはそんな僕にクルリと背を向けた。
…楢鹿の制服を身に纏って。
琥珀「!?」
僕は叫んだ。
琥珀「駄目ッ…行かないで!!」
行ってはダメだ。
あそこは地獄なんだ。
もしかしたら兄さんが…兄さんがまた死ぬかもしれない。
だから駄目なんだ。
兄さんには生きていてほしい。

だけど兄さんは僕の呼び止めを聞かなかった。
靴を履いて僕に向き直る。

『行ってきます。』
残酷にも言い放たれたその言葉。
僕はそんな兄に必死に手を伸ばした。でもその手は兄に触れる事は出来ない。
琥珀「っ…!」
琥珀は兄を通り抜けた右手を握りしめながら叫んだ。
琥珀「兄さん!!」

待って待って。お願い。
置いていかないで。
また僕を置いていくの?
嫌だよ…そんなの。

ねぇお願い。
お願いだから。

僕を独りにしないでッ…!



ー「鴉闇!!」

聞き慣れた男の叫び声。それを聞いて僕はハッと目を覚ました。
琥珀「っ…!!」
がばっと勢い良く飛び起き、荒い呼吸を繰り返す。先程の声の主は僕の背中を優しく摩りながら僕に問いかけてきた。
「大丈夫?凄く魘されてたけど…」
心配そうに顔を覗き込んでくる青年を見て…僕は彼の名を呼んだ。

琥珀「…か…とう…くん…」
加藤「…水飲む?」
差し出されるペットボトル。
琥珀は小さく頷いた。
琥珀「…ありがとうございます。」
ペットボトルを受け取ると、琥珀は渇いた喉に直ぐに水を流し込んだ。
琥珀「っ…」
冷たい液体の感触。
琥珀はそれをほんの少し楽しむと、ペットボトルから口を離した。
ーー生き返った…かも。

そしてそんな彼女の横に座り直す加藤に…琥珀は言った。
琥珀「ココは…加藤くんのお部屋で?」
加藤「そうだよ。」
琥珀「ルームメイトは…?」
加藤「居ない。」
琥珀「…そう…ですか…」
ーー死んだんだね…。
加藤くんのルームメイト。
それに気付くと、琥珀は次に不思議そうに加藤に尋ねた。
琥珀「…何で僕を“消”さなかったんですか?」
加藤「…え?」
加藤は琥珀の問いに一瞬固まった。
恐らく、そんな質問をされるなんて思ってもいなかったのだろう。加藤は少し焦った表情をしながら琥珀に言った。
加藤「あーうん…まぁ…包帯巻くのに見えないのは不便だし…。それに鴉闇、誰にも見られたくないって言ってたから…別に“消”さなくても俺以外誰も部屋に入らないココだったら大丈夫かなって思って。」
琥珀「…成る程。」
案外簡単に納得してしまった。

琥珀「…そういえば…僕はどれくらい寝ていたのでしょうか?」
加藤「…丸一日かな?」
琥珀「!…蝕は?」
加藤「…今日で終わったよ。」
少し表情を曇らせた加藤。
そんな彼に「何があったのか」と尋ねると…彼は遠慮がちに今日あった事全てを話してくれた。

4組が例の“炎”の子とそのルームメイトの子を囮にして水を強制的に倒させた事。それによってルームメイトの子が死んでしまった事。
4組の“辰巳 大助”と“尊川 しずな”が朝長を裏切り、此方側についた事。
…そして辰巳くんとしずなちゃんが日向くん達に“僕の怪我の事”をバラしてしまった事。

琥珀はそれを聞いて左目を抑えた。
ーー二人が僕の怪我を日向くん達にバラしたのを知っているという事は……つまり加藤くんも僕の怪我の事を知っているという訳だ。…これは知られたくなかったのにな。

すると加藤は何処か申し訳なさそうに言った。
加藤「一応頭の怪我の方は消毒とかしてみたんだけど…左目はどう処置すれば良いか分かんなくて……血を拭ったぐらいしかしてないんだ。」
ぎゅっと膝においた手を握りしめる。そんな彼を見て琥珀は微笑んだ。
琥珀「…それだけで十分ですよ。」
加藤「えっ…?」
琥珀「大体…怪我の処置は僕が自分でするべきだったんだ。それなのにあなたは僕のワガママを聞いてくれた上に、頭の怪我の処置までしてくれた。しかも…この処置の仕方は間違ってない。」
琥珀が包帯の巻かれた自分の頭を撫でると、加藤は少しホッとしたような表情を見せた。
加藤「そ…そっか……良かった。」
琥珀「…あなたが消毒をしてくれていなかったら膿む所でしたよ。…左目の方も拭いてくれたんでしょう?それにこの布洗ってあるみたいですし…」
柔らかな優しい匂いがする布を外す。そんな琥珀を見て加藤はふいっと目線をそらした。
…心なしか顔が赤い気がする。
加藤「ぬ、布も血で汚れてたから洗った方がいいのかなって思って…」
琥珀「そのままだと不清潔ですからね。菌が入り込んでしまう恐れもある。…本当あなたに身を預けてよかった。」
満面の笑みで呟くと加藤は顔を真っ赤に染め上げた。

ーーあれ?
…僕なんかしたっけ?今。
思わずぽかんとした表情になる。
加藤(えっ今の無意識!?辛っ!!)
…そんな琥珀を見て、無自覚ほど怖いものはないと加藤は実感した。

琥珀「あ…そういえば4組は…他に何か動きを見せましたか?」
そう言うと彼はピクリと肩を震わせた。…どうやら思い当たる節があるらしい。
琥珀「…あったんですね。」
そう言い見つめると、加藤は静かに話しだした。
加藤「…蝕が終わった後に4組の奴が来たんだ。広末って名乗ってる奴なんだけど…鴉闇を探してるみたいだったよ。……凄い心配そうにしてたけど…鴉闇の知り合い?」
そう問われたので少し考えてみる。
ーー確かに広末という名前は聞いたことあるが…彼とは特に接点などない。それに広末は確か潤目くんの中学時代の“先輩”だった筈だ。
…うーん……。
琥珀「やはり…僕は知りませんね。…何でしょう?あの時助け損ねた事でも後悔してるんですかね?」
加藤「…あの時?」
琥珀「…えっと…この頭と左目は4組を率いてる“朝長”っていう人にやられたのはご存知ですよね。それでこの傷は4組の教室内でやられたので、まぁクラス内に居た人達はそれを知ってるという訳です。」
加藤「!!…そう…だったんだ。」
琥珀「はい。」

しん…。
部屋に妙な沈黙が訪れた。

ーーあれ…?
何か気に障るような事言ったっけ?
そう思い、自分の放った言葉を思い出してみる。
だがやはり身に覚えが無かった。

加藤「…どうするの?」
沈黙を破り心配そうに尋ねる。
加藤「…ここも…いずれバレると思うけど…」
どうやら僕の事を酷く気にしてくれていたらしい。それを知ってちょっと歯がゆい気持ちになった。
琥珀「蝕とご飯の時ぐらいは外に出る事にしますよ。…でも…暫くは此方に置いていただいても構いませんか?ここまで迷惑をかけといてなんですが…」
加藤「大丈夫だよ。迷惑なんて思ってないし。一人より二人ってね。」
ニコリと笑う加藤。そんな彼を見て…何か物凄くホッとした。
拒否されると思ってたからかもしれないが……加藤くんの広い心には本当感激した。

……なんか加藤くんって…。
琥珀「兄さんに似てる…」
ボソリと呟く。それを聞くと、加藤は気の抜けたような声を出した。
加藤「へ?」
琥珀「…ちょっと失礼しますね。」
加藤「えっ…はっえ!?」
ずいっと詰め寄り、加藤の服に手を掛ける。…すると加藤は悲鳴を上げ、琥珀の手を全力で払いのけた。
加藤「きゃぁあああ!?!(汗)」
琥珀「っ…キャーってあなた…」
女じゃあるまいし…と溜息をつく。
だが加藤はそんな琥珀の言葉など聞いておらず、顔を真っ赤に染めて叫んだ。
加藤「何で服捲ろうとしたの!?」
琥珀「何でって…文字の確認?」
加藤「えっ!?」
何で知ってるんだと言うような目で琥珀を凝視する加藤。そんな加藤を見て、琥珀は酷く驚いたようだった。
ーーまさか…本当に?

加藤「お前いつ見たんだよ!?」

ーー本当に…“腰”にあるのか?
…だとしたら…彼は…。
……ええぃ面倒だ。
さっさと押し倒して確認しちゃえ。

加藤「何!?お前透視能力的なの持ってんの!?お前の文字それ!?」
琥珀「…」
加藤「ねぇ聞い…」
どん!
琥珀は騒ぐ加藤を乱暴に押し倒す。

どさっ!!

加藤「えっ!?」
琥珀「…」
上に跨り、加藤の服を捲る。
加藤「ちょっ…!?」
そして琥珀は目を見開いた。

琥珀「…そういう…事か…」
加藤の色白い腰に“消”という文字。
琥珀はそれを見て思わず涙ぐんだ。
ーーあぁ…やっと分かったよ。
あなたが兄さんと似てるって思った理由が。
あなたは雰囲気も文字も文字の場所も…全てが“兄さんと同じ”なんだ。

琥珀「…っ……」
涙が溢れ出してきた。ボロボロと涙が零れ落ち、加藤の服を濡らす。

ーーあぁ…何故あなたはこんなにも似ているんだ。

琥珀「にぃ…さんっ…」

ーー自分で確認しておいて、自分でショックを受けるなんてね。
…何て無様だろうか。
何て醜い。何て滑稽。

あぁ…涙が止まらない。
嬉しくて。
悲しくて。
苦しくて。
寂しくて。
加藤くんの顔が見れない。
目の前が霞んで見えない。
…僕はいつも他人に迷惑をかけてばかりだ。彼にも、日向くんにも。
色んな人に迷惑をかけてきた。

加藤「…鴉闇。」
嗚咽を洩らしながら泣いていると、ふいに名前を呼ばれた。
ビクリと無意識に体が震える。
琥珀「っ…」
怖くて返事ができなかった。
顔を見れない。
加藤「…」
ゆっくりと体を起こす加藤。
琥珀がそんな彼の上から退こうとした、その時。

ぎゅっ。
突然抱き締められた。

琥珀「!!」
最初は何事かと思い、思わず構えたが…加藤くんはとても包容力があり自然と警戒心が崩れて行くのが分かった。
加藤「…大丈夫。…鴉闇は一人じゃないよ。俺や日向…六道達もお前の味方なんだから一人で抱え込まないで。…俺達を頼ってよ。」
聞いていて心地の良いその声は、自然と僕を苦しめていた“闇”を薄く濁してくれるような気がした。
琥珀「…加藤…くん…」
加藤「鴉闇が落ち着くまで俺側にいる。…だから堪えなくていいよ。」
優しく琥珀の背中をさする加藤。
琥珀はそんな彼の温もりを感じると…今まで我慢していた言葉を一気に吐き出した。


怖い。
本当は凄く怖くて。
直ぐにでも逃げ出したかった。

死にたくない。
本当は凄く生きたくて。
だからもっと強くなりたかった。

寂しい。
本当は凄く寂しくて。
一人になる事を何よりも恐れた。

苦しい。
本当は凄く苦しくて。
誰かにこの気持ちを伝えたかった。

大好きなんだ。
本当は凄く愛していて。
拒絶されるのがただ怖かったんだ。

ずっとずっと。
肉親を失った8年前のあの日から。
僕はずっと己を隠して生きてきた。
涙は見せない。泣き言も吐かない。
気を付けて生きてきた。
…筈なのに。
加藤「よしよし。辛かったな。」
1番大切な人だった兄に似ている彼が現れてしまったから。
僕は全てを曝け出してしまった。
今まで堪えていたのに。
これじゃ水の泡だ。

琥珀「加藤くん…っ…」
加藤「…光希でいいよ。」

だけど彼ならば。彼ならば…僕を受け入れてくれる気がした。
こんな僕でも愛してくれるかもしれないと感じた。

琥珀「…それなら…僕の事も下の名前で呼んで下さい。」
泣きながら微笑む。
すると光希くんは言った。
加藤「…うん。宜しくね、琥珀。」
優しく微笑む彼の顔はやはり大好きな兄に似ていた。



兄さん≒加藤くん
(少し近付いた僕等の距離)
(けれど近付く度に痛むこの心は)
(一体何を警告しているのだろうか?)
 

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