神と化け物と神童と。

□☆二人の覚悟☆
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「ーー次。…氏名、鴉闇 琥珀。」
静かな体育館内に響いた声に、そこに居た全員が「信じられない」とでもいうような表情をして、そこに立ち尽くしていた。

「死亡確認を行う。」

嗚咽を漏らす者や、目を伏せる者。
それぞれが動揺を隠し切れない素振りを見せていたが…その中で一人だけ、ただ無表情に立ち尽くしている少女の姿があった。
「…っ……」
…ロアである。
ロア「鴉闇さん…っ…」
だが彼女もまた人間であり、幼き少女である。心までは偽っていられなかった。

ーー何で…どうして。

ロアは心の中で悲鳴を上げる。

ーー何故六道さんが…鴉闇さんが。
死ななければいけなかったのか。
犠牲になってしまったのか。
折角…自分の事を気にかけてくれる人が出来たのに。信頼できそうな人が出来たのに。
“また”死んでしまった。

…いつも。いつもだ。
いつもこうなってしまう。
私が呪われているばかりに。

…別に私が呪われているのは十先生のせいではない。私は生まれつきそういう体質だから…だから“5組”は関係ない。私自身の問題。
…昔からそうだった。私の周りに居る人が、近付いた人が死んでいく。
最初は近所の人。
次は友達。
親友に級友、先生。
そんな感じで次々と身の回りに居た人が死んでいった。
でも…不思議と肉親は誰一人死んでなくて。小さい頃の私はそれだけが唯一の救いだった。

けど甘かった。

…暫くしたある日の事。
私を除いて一族が“全滅した”。
唯一の支えだった家族が…親戚が…皆が居なくなってしまったのだ。
私が呪われていたから。
だから皆死んだ。

だから、鴉闇さんが死んだ。


「外傷は…後頭部に一箇所。」
再び低い男の声が体育館内に響く。
淡々と作業が進み、琥珀と黄葉が遺体袋に詰められるとアイラが声を上げた。
アイラ「六道くん…琥珀っ…!」
ノア「っ…アイラちゃん…」
泣き崩れるアイラをノアが支える。
だが男達はそんなアイラの悲痛の叫びを気に留める事もなく、ただ機械的に呟いた。
「左眼、並びに心臓が行方不明。」
「死因の詳細は解剖の必要あり。」

「以上。確認終了。」

二つの遺体袋が持ち上げられる。
「よし…積むぞ。」
アイラ「!まっ…待って…!」
トラックに担ぎ込まれていくソレをアイラが追いかけた。おぼつかない足を懸命に動かし、トラックに近寄るアイラ。

トラックが発信しだすとアイラは急いでそれを追いかけた。ロアはそんな彼女の元へと駆け寄り、彼女の腕を掴む。
ロア「比良坂さん。」
そう言って呼び止めた。
だが放心する彼女の耳にはロアの声が全く入っていかなかった。
アイラ「ねぇっ待って…!待ってよ!」
ただ只管足を動かすアイラ。
アイラ「待ってよっ…六道くん…琥珀…!!」
そんな彼女の姿に…ロアは一瞬、“昔の自分”を重ね合わせた。

『お母様ッ…』

泣き叫ぶアイラの姿が、家族を亡くして絶望していた幼い頃のロアと似ていたのだ。
ロア「っ…」
ロアは首を振ってその幻を消し去ると泣き崩れたアイラの肩を掴んだ。
ロア「気持ちは分かりますが…ココで立ち止まってても何も変わりませんよ。」
そう、自分にも言い聞かせる。
アイラ「ひっく…だってぇ…一気に二人も大切な人が死んじゃうなんてっ…」
ロア「だからこそ…前を向いて歩いていかなければならないのです。」
ロアは嗚咽を漏らすアイラを正面から抱きしめた。
そして目を瞑り、死んだ琥珀の姿を思い出す。3日前まで楽しそうに笑っていた“彼女”の姿を。

…鴉闇さん。
『また遊びに来ちゃいました!って訳でぇ…今から一緒に食事でもどうです?』
『今日も可愛いですね。その乱れに乱れまくった髪型とか!』
『ロアちゃん!匿って下さい!糾未くんに追われてるんです!!』
…鴉闇さんは凄く明るい人だった。
鴉闇さんはいつも笑っていて、そんな彼女の周りにはいつも人が居た。
日向さんや六道さん。
比良坂さんに糾未さん、潤目さん。
色んな人が鴉闇さんの周りに居て、鴉闇さんもその人達も凄く幸せそうだった。

『ロアちゃん』

でも私は知ってる。

『僕は…人に見えますか?』

彼女が時折見せる悲しげな表情も、その心の中に抱える大きな闇も。
私だけが知ってる。

『人でないとしたら…あなたは一体何だというのですか?』
『例えば…化け物とか。』
『……!!』

…私は“闇”という文字のおかげで他人の心の闇が覗けるのだけれど…。
あんなに深い闇は初めて見た。
私でもゾッとするぐらい深い、言い表せないような憎しみに狂気…そして“何かに対する恐怖”の混ざり合ったドス黒い感情。それが鴉闇さんの心を体を蝕んでいるように見えた。
特に“化け物”という単語を口にした時のあの異様なまでの殺気は…この私でさえも怯んでしまう程だった。

『…私には……あなたは人にしか見えませんけど。』

でもそれに気付けたのは私だけ。
闇を持つ私だからこそ見えたモノ。
私だから聞けた鴉闇さんの本音。
だから…私が支えてあげなくちゃいけなかった。
護ってあげなくちゃいけなかった。
それなのに。

『…そうですか。』

私は何も出来なかった。



ロア「…比良坂さん。戻りましょう。皆の所に。」
しゃくり上げるアイラの背中をさすりながら優しく言う。
それにアイラはコクリと頷いた。
アイラ「う…ん……」
ロア「…立てますか?」
アイラ「大丈夫…ありがとう。」
ロア「いえ。…あ。篠原さんが呼んでますよ。」
アイラ「!本当だ…。…ごめん、ロアちゃん。私、先に皆の所に行ってるね!」
ロア「はい。」
ロアは駆け足でノア達の元へ向かったアイラを温かい目で見送る。
ロア「…」

ロアは密かに指の関節を鳴らしながら呟いた。
ロア「私の柄じゃありませんが…このまま何もしないというのはどうも納得がいきませんから…」
そう言って青い空を見上げるロアの瞳は鈍く紫色に光っていた。


鴉闇さん、鴉闇さん。
私今生きてます。
だからこんなにも胸が苦しい。
こんなにも朝長さんが憎い。

もうあなたの笑った顔を見る事は出来ないけど。あなたの声を聞く事は出来ないけど。
でも…何故だか、まだあなたがこの学校内に居るって錯覚してしまうんです。
だってあまりにも唐突な死で。
突然すぎる別れだったから。

…ねぇ…鴉闇さん。
あなたの居る場所から地上が見えるかは分からないけど…。
私を見守っててくれませんか?

私、精一杯生きますから。
あなたの仇を取りますから。
だから…どうか。
今だけは私を見守っていて下さい。
ロア「絶対に…討ちますから。」
そう言ってゆっくりと目を閉じた。
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