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□誓い
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 装備変更を終えて店を出ると、街は異様な空気に囚われていた。
 茅場の話を信じるか信じないか。一度も死なずに百層を攻略する方法があるのか。誰がそれをやるのか。安全なログアウトの方法がどこかにないのか。茅場との交渉が可能か。
 そんな事をぶつけ合って喧騒になっている人だかりがある。
 逆に押し黙ったまま動こうともしないグループもある。
「…ルーズ…あんた…どうする?」
 レイシーの質問に、ルーズはうーんと考える風を見せながら広場に足を向けた。
 比較的落ち着きのある人だかりに近づくと、スッと息を吸った。
「心配しなくても、強い奴は必ずいる。ゲームに長けた奴もいる。慣れない奴が無理をして戦う必要はない。ずっとここにいてもいいと思う。」
 そこまで言って反応を窺って、視線が集まっているのを確認して続ける。
「でも、出来るなら、攻略をしていく奴らのサポートをしてやって欲しい。鍛冶屋になって強い武器を提供するのも攻略には必要なことだ。防御力の高い装備品を作るのもいいだろう。旨い料理を食べさせてやるのもサポートになる。」
 ルーズの言葉に直接の反応はなかった。
 それでもそれぞれ思うところはあるらしく、ざわざわと身近な相手と話し出している。
 その様子に満足したように、ルーズはレイシーとナナを促してそこを離れた。
「俺は、一晩休んで早朝に次の街に向かうつもりだ。お前ら、このパーティーで進む気はあるか?」




 ケイトには門を出ようとしたところで声を掛けられた。
 昨晩のルーズの言葉を聞いていたらしい。最前線のプレイヤーを癒せる料理人になるのが目標だという。
 まだ心もとないレベルではあるが、一人ぐらいなら守りながら闘うことも可能だろうとルーズが言った。
「ナナ!スイッチ!」
「おうっ!」
 シャキンと武器の音が響く。
 まだ目的地までの行程の半ばだが、ゆっくりとレベルを上げながら進んでいるため、ザコ相手ならスイッチ無しでもノーダメージで倒せる。それでも律儀にそういう倒し方をするのは、いざというときの為だ。パーティーメンバーの連携が取れなければ、強い敵に出会ったときに対処が出来ない。
 ふう、と息をついてから、ナナは言いにくそうに「あのさあ、」と呟いた。
「どうかしたか?」
 ルーズがキョトンとした顔を向けると、その視線から逃れるように顔を背けた。
「…呼び方…変えてくんねぇ?」
 少女のアバターを使っていたからナナという名前を付けたが、現実と殆ど変らない容姿の自分がそんな女の子の名前で呼ばれるのは恥ずかしすぎる。
 中性的な美少年ならともかく、お世辞にもそんなタイプではない。
 最初は装備品の事ばかり気になっていたし、状況が状況でそんな話を持ち出しにくかったためにそのままにしていたのだ。
「…だよなぁ。」
 気の毒そうに相槌を打ったのはレイシーだ。
 うん、とナナは頷いた。
「…でもお前…ここんとこにナナって書いてあるし。」
 なんていったのはルーズ。
 パーティーメンバーのHPバーを上目遣いで見ながらソコを指さしている。
「だから、呼び方だけでも変えてくれたっていいだろ!?」
 プンスカと怒って見せながら、ナナは顔を赤くした。
 それをルーズはアハハと明るく笑い飛ばす。
「じゃあなんて呼べばいいんだ?新しい名前考えたのか?」
 そう切り返されて、ナナは「う…うーん…そうだな…。」と考え始めた。
 その横で「ナナミ、ナナエ、ナナオ、ナナキチ、ナナタ、…」とルーズが茶々を入れる。
「うるせーよっ!」
 考えが纏まらねーだろ、とナナがまた怒る。
 呆れたようにレイシーが肩を竦めた。
「あんたな、大人なんだから待ってやれって。」
 そのやり取りを、ケイトは苦笑いで見守っている。
 彼女はこのゲームで出会ったばかりらしいこのメンバーが、昔馴染みのように仲がいいことに感心していた。
 開始数時間でよく気の合う仲間と出逢ったものだ。普通はこうはいかないだろう。
 茶々を入れて満足したのか、ルーズは悪戯な笑顔を収めてニッと口角を引いた。
「別にナナでもいいんじゃねーの?七瀬とか七尾とか苗字だと思えば。」
 予想外の事を言われ、ナナは寸前まで考えていた名前の群れをすっかり忘れてしまった。
「…苗字…?…そか、成程。」
 言われてみれば、と妙に納得している。
「まあ、ニックネームだと思えば変でもないのか…?」
 レイシーも首を傾げながらルーズの言に同意する風だ。
 結局、ナナはナナでいいじゃないかと言うことで落ち着いた。
 じゃあ進もう、とルーズが向きを変えたところで、ケイトは「そういえば。」と首を傾げた。
「ルーズさんはなんで『ルーズ』さんなんですか?」
 レイシーとナナも興味があったようで、歩きだそうとした足を止めている。
 ん?とルーズはとぼけたような顔で頭を掻いた。
「…性格…かな?」
 つまり、ルーズだと評することのできる性格をしているという事だ。
 聞いた3人はププっと吹き出した。



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