開拓史

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友達


 指示に従うことに決めてしまえば、宇宙船での日々は途端に平穏なものになった。毎日の勉強は、内容は違えど学生の本分だ。あとは若干の不便さを感じながらも、規則を守れば危険なことはなかった。それに、元々のシステムが素行の良さに合わせて規則を緩めていく仕様だったらしく、数週間で更生施設並に、数か月で学校並に過ごせるようになっていった。
「最初の夜なんて、眠れないのに『消灯時間です』とか言われちゃって、仕方ないからベッドで寝たふりしてたらそれもバレて警告されちゃってさ、寝たくても寝れないときってあるじゃない? 反抗心がないってことをどう証明しようかって悩んでたらやっと眠れたのよね。ホントふざけた船だわ。」
 ルトゥェラがいつものように不満をぶちまける。でもそれは規則が緩んだことを喜んでいるのだと、もう皆が理解していた。アイ(システムのAIのホロを、皆そう呼ぶようになっていた。)でさえ、彼女の発言にはおおらかになっている。当初、不平不満ばかりを口に出すルトゥェラをシステムは要注意人物として取り上げていたが、彼女の性格には裏表がないと判断されたようだ。

「それで、ルト、カリキュラムの進度は?」
 スーザンの質問に、ルトゥェラが溜め息を吐く。とは言っても、訊かれた内容に不服があるわけではない。
「スーザン、何度も言ってるけど、私の名前、ルトゥェラだから。勝手に変えないでよね。」
「…じゃあ、なんて呼ぼうかしら。ニックネームの希望はある?」
「ちゃんと名前で呼んでくれる気はないわけね。」
 この議論は二日目から始まり、今もまだ決着はついていなかった。文句を言われているのはスーザンだけではない。彼女の名は少々発音しにくいのだ。
「ルティ、紅茶いかが?」
 ニーナがカップを差し出した。ルトゥェラは呆れた顔を向けると、ニーナはおずおずとカップを下げる。
「飲む。飲むわよ。でもニーナ、」
「ルティって可愛いと思うんだけど…ダメ?」
 ぷいっと横を向いて紅茶を飲むルトゥェラ。
「せっかくニックネーム付けてくれてるのに、少しは受け入れたら?テレウス。」
「だよな。キミがいちいち発音を注意するから、みんな呼びにくくなったんじゃないか。なあ、エダも思うだろ?」
 ニックに振られたエダは興味なさげに、それでも一応頷いてみせる。
 ちなみに男性陣は指摘されるのが面倒で、早々にファーストネームを呼ぶのをやめていた。セイゴとニックはファミリーネームで、モコは『レディ』と呼ぶ。エダに至っては、呼ぶこと自体ほとんどない。どうしても必要な時だけ『おい』だの、『あんた』だのとぶっきらぼうに呼んでいた。
「…ルトゥェラは、自分の名前が好きなんだよね? ご両親の呼んでくれたその音を大事にしたいんでしょ?」
 唯一、彼女の望み通り名を呼んでいるメリサがそう言って首を傾ける。
「べ…別に、親なんか関係ないけど…。」
 メリサはあまり発言をしないかわりに、熟考している分、核心を突くことがある。しかし、言い当てたからといって解決するわけでもなかった。
「あなたには文句言ってないんだから、口挟まないでよ。」
 親のことを持ち出されたのが気恥ずかしかったらしく、ルトゥェラは突っぱねる。
 メリサはシュンとして黙った。
「じゃあ聞くが、」と口を開いたのはエダだ。
「何?」
「パートナーはどうだったんだ?ちゃんと呼んでたのかよ。」
 彼女のパートナーの話は持ち出さないのが吉と、皆タブー視していたのに、あっさりとそんなことを言う。
 ルトゥェラは急に顔を曇らせて、トーンを落とした。
「…彼は…恋人なんだから、特別な呼び方にしようって…。ど…どうでもいいでしょ?もう関係ないんだから。」
 それを聞いた全員がおそらく同じことを思い、エダがまた追い打ちを掛けそうになる。
「そうだよね!それより、休憩時間終わるよ!次の準備しなくちゃ!」
 メリサが珍しく、急き立てて皆を立ち上がらせた。
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