開拓史

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平穏な日々


 その日、友達のように仲の良い子供たちと、たくさんの孫たちに囲まれて、私は幸せな死を迎えた。微かに耳に届いたのは、娘の「産んでくれてありがとう。」という言葉。裕福ではなかったけれど、ささやかな幸せを噛みしめることが出来た一生だった。

 目の前にコングラチュレーションの文字が浮かぶ。パッと明るくなって私は覚醒した。
 プシュッと短い音と共に開いたふたは、私が楽に出られる位置まで静かに上がる。
「はい、終了です。メリサ・アイム、お疲れ様でした。」
 女性教師が事務的に言った言葉に促され、私はカプセルから起き上がった。
「身体チェックも問題なし。動けますね?」
「はい。」
 返事をしてから、少々体が重いことに気付く。無理もない。一週間もこのカプセルで寝ていたのだ。生命維持装置のおかげで健康には影響がなくても、筋肉は若干衰える。
 小さくよろけても教師は気にする様子もなかった。また事務的な口調で説明をし、終了の書類にサインをするようにと促す。
「リハビリを兼ねた軽い運動の授業がありますから、必ず出るように。」
「はい。」


 建物から出たところで、私は伸びをした。まだ15歳の若い体だと言うのに、軋むような音がする。
「あー、死んじゃったなあ。」
 なんとなくそんなことを呟くと、後ろから声が掛かった。
「終わったのか?」
 声でその主が分かり、私は笑顔を向ける。
「うん。そっちも?」
「ああ。」
 彼も笑顔を返してくれた。
 エダ・コンダート。私が一生を共にするパートナー、つまりは婚約者だ。
 ずっと昔に決められた法律に則って、5歳になる子供はみな性格診断を受ける。そうして結婚に最適だと判断された相手と婚約を結ぶことになっている。昔、離婚率と未婚率が異常に上がり出生率が人類の絶滅が懸念されるほど下がったことがあったらしく、政府が苦肉の策としてこの方法を取り入れたのだ、と歴史の授業で習った。
「どうだった?」
 そう訊いた彼はあのカプセルの中で見ていた夢に不満があるような面持ちだ。学校や国の方針に異議を唱えるのはタブーとされていて、そういう言動が見られた生徒はカウンセリングや更生カリキュラムを受けることになる。だから彼も表立って何か言うつもりはないのだろうが、元々あの疑似体験を良く思っていないようだった。
 あのカプセルは、若年層の精神的成長を促すため自分とは違う環境での一生を疑似体験させるという代物だ。人の一生を経験すれば視野が広がり、成長速度を上げることが出来る、ということらしい。人の痛みや辛さを理解すれば、互いを拒絶したり反感を持ったりしなくなる。それは私にとっては正しい理論のように思えていた。
「うーん…。幸せだったよ?…うん、楽しかった。」
「へー、そりゃ結構。」
「そっちは?」
 訊きかえすと彼は思いっきり顔を顰めた。
「俺は最悪だった。奴隷解放直後の黒人。差別だの暴力だのの嵐だ。最後は白人たちに取り囲まれての撲殺死。…ったく、なんであんな内容だったんだか…。」
 そんな終わり方をしても、終了時にはコングラチュレーションと出るらしい。
「俺、差別主義なんかじゃねーはずなんだけどな…。」
 疑似体験の内容はそれぞれの性格に合わせてあるそうだ。受ける本人が一番改善しなければならないところが盛り込まれているのだと言われている。あくまでも噂なのだが。
 エダは思ったことをすぐ口に出してしまうから、他人の心情への配慮が必要なんじゃないかなと思いつつ、じゃあ、自分はどういう理由であの人生を体験したのだろうと思い返した。あの人生で私は、どこが成長したのだろう。
 そんなことを考えていると、彼はこっちをじっと見て言った。
「なんだよ。何か思うことあるなら言ってみろ。」
 ハッとする。そうだ、私はエダとは正反対で、あまり人に意見を言わない。エダにもよくこんな風に注意される。
「え…いや、あの…性格に合わせた内容だって話はただの噂なのかなって…。私も…何が成長したんだか…よくわかんないし…。」
 エダは「ふーん?」と言ってこっちを見てくる。私が嘘を吐いてないか吟味しているのだと思う。いつもそうだから。
 私は心の中で、(嘘は言ってない)と繰り返して自分を落ち着かせた。そうでもしないとしどろもどろになって、余計に問い詰められるのだ。
 ま、いっか、と呟いて彼は歩き出した。私はホッとしてその横に並ぶ。体が痛いよね、と私はどうでもいい話題を振った。




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