開拓史

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凪いだ海



 エダとルトゥェラが付き合い始めて数か月が経つ。
 当初、動揺してぎこちない態度を見せたメリサも今では何事もなかったかのようだ。以前は頻繁にエダに勉強を教わっていたが、それもなくなり、何とか一人でこなしていた。

(案外できるものなんだ。頼って甘えていただけだな…)
 解らないことが無くなったわけではないが、アイに聞けば済むことだった。
「ステージ8、終了しました。メリサ、次回は次の単元に入ります。」
「はい。…アイ、私は生徒としてどう?」
「どう、とは? 成績のことでしょうか。」
「…う…ん、つまりはそういうことになるかな? デキはいいかどうか。」
「充分な成績を収めています。予定から大きく外れることもなく、順調に進んでいますよ。」
 ありがと、と礼を言って、メリサは部屋を出た。

 レストルームには他の面々が揃っていた。それぞれの日程がすべて終わったようだ。
「おかえり、メリサ。何か飲む?」
「ただいま。自分で入れるからいいよ。」
 立ち上がろうとしたニーナを制してメリサはドリンクサーバーに向かう。その後ろからルトゥェラが声を掛けた。
「今日は言語学だっけ?」
 言語学を学んでいるのはメリサだけだ。自分にかけられた言葉だとすぐにわかって紅茶が注がれるのを眺めたまま返事をした。
「うん。結構進んだよ。」
「頑張ってるのね。でも、前から思ってたんだけどさ、」
 メリサがカップを持って振り返ると、ルトゥェラは頬杖をついて思案するように口を尖らせていた。
「この計画に言語学って必要なのかしら。」
 途端にドキッと胸が鳴った。その疑問はメリサの中にもあったものだ。
 だってさ、とルトゥェラは続けた。

 自分たちが向かっている惑星は探査されたこともなく、ほとんど何もわかっていない。ただ、観測された数少ない情報をもとに「地球と似た環境なのではないか」と推測されただけだ。
 しかし、この船が距離を縮めるにつれて、観測結果からわかる情報は増えている。
「ねえ、スーの見立てだと、知的生命体はいなさそうなんだよね?」
「まあね。でも、地底に居るという可能性はあるわよ? 外は自然のままで、大気にも汚物を漏らさず、つつましく暮らしている、とか。」
「でも、おそらくいないってこの前言ったじゃない。」
「ん〜、まあ、私の見解では、ということ。」
 スーザンはそう言葉を濁した。
「まあ、居たとしても、よ。」
 知的生命体がいないから言語学が必要ないと言いたいわけではなく、居たところで人間の言語ルールが役に立つのかどうか。むしろ役立たないと考えるのが妥当ではないか。
 メリサは少し困ったような顔をして笑った。
「それ、私も思ってた。」
「あ、やっぱり?」
 そうなるとさ、とまたルトゥェラは話を発展させた。
「メリサの役目って、かなり二次的なものじゃない? 勉強してる内容が…」
 メリサは触れてほしくない問題に話が及びそうになっているのを感じて、目を伏せあまり深く考えないようにしながら彼女の言葉を聞いた。
 他の7人は、気象学、地学、天文学、植物学、動物学、医学など、新天地で生きていくために必要であろうことをそれぞれ専門的に学んでいる。それぞれが補い合うために、一つを主に深く、あと二三を補助的に浅く学ぶ。
 メリサだけは少し違っていた。言語学を主に、そして、他のメンバーが学んでいる全ての学問を浅く広く学べるよう、カリキュラムが組まれていた。
「別にいいと思うのよ。どの分野でも補助に入れる人材を確保しておくのは。でも、だとしたら…」
 立ち去りたい衝動に駆られながら、メリサは平静を装った。
「どうして、メリサが社会不適合者だと言われて船に乗せられたのか。そう思わない?だって、こう言っちゃなんだけど、この計画にどうしても必要なのって、メリサよりもエダでしょ? メリサを選んだ理由が分からないわ?下手をすれば、エダはメリサと離縁をして船に乗らなかったかもしれないんだもの。」
 その通りだ。メリサは心の中で頷いた。ずっと疑問だった。なぜ自分なのか。本当に自分は必要な人材なのか。
「ああ、それは性格の問題だろ。」
 そう答えたのはエダだった。
「俺は絶対に離縁しない。でももし逆の立場だったら、絶対に離縁しろとメリサに言った筈だ。そしてメリサは絶対にそれに従う。人数確保のためにはメリサを選ぶのが妥当だったってことだ。」
 人数確保。そんな理由で選ばれたんだと思うと陰鬱な気分だった。
 そんな思いを押し殺して、メリサは笑った。
「あー、なるほど。ずっと不思議だったんだよね。エダの方が数倍優秀だもん。あの学者さんだって、エダを選びたいはずなのにどうしてだろうって。」
 うまく言葉が出せたことにホッとして、紅茶を飲み干した。
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