開拓史

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 私たちの開拓は、成功とは言えなかった。


 メリサは古びたノートにそう書き込んだ。
 今となっては紙は貴重品だ。そう簡単には手に入らない。簡単な製紙技術は再現することが出来たものの、それをやるだけの意義と効率が釣り合わなかった。
 このノートも百年と持たないだろう。だからこそ、彼女は吐き出してしまいたかったのかもしれない。

 この星で人類は原始的な生活を送っている。
 開拓当初、当然のように地表に降ろしていた宇宙船は今、衛星軌道にある。すべての科学技術を捨てることを余儀なくされたのは、この星の理に従う必要があったからだ。
 到着前に上がっていた急激な温度変化の謎は、地表に降りてからも一向に解明できなかった。それを動物たちの魔法だと言い始めたメリサを皆あきれて見ていたが、結果的に解決に導いたのはその突拍子もない思いつきと彼女の好奇心だ。
「やっぱり鳴き声とは別で音を出してる。きっとあれが呪文なんだよ。」
 嬉々としてそう言ったメリサはそれ以降その音を真似る努力を始め、その鬱陶しさに皆辟易したものだが、ある日、その努力が意外な形で実った。
 何者か、から彼女にコンタクトがあったのだ。
 コンタクト、と言っても普通に会話が出来たわけではなく、彼女は意識を失って数日間生命維持装置に入れられていた。その数日の間の精神世界での出来事だった。
 目を覚ました彼女はそのことを仲間に話した。
 この星の管理者である神と精霊の存在。人間が降り立ったのを快く思っていないこと。この星では循環が何より大切だということ。
「あとね、あれは魔法だって。」
 動物たちが起こしている現象を『精霊』は魔法だと説明した。ただし、これには訳がある。『精霊』はメリサの記憶から様々なことを読み取り、彼女が一番理解しやすい形に言語化したに過ぎない。つまり、『神』も『精霊』も『魔法』もコンタクトを交わしたのが彼女だったからこその説明である。
「精霊じゃなく、上位精神体と呼ぶべきだ。」
 セイゴはそう主張したが、精霊と言葉を交わせるのがメリサだけだった為、最初の呼び方が定着してしまった。
『神』は人間を嫌っていた。母星を壊した生き物がこの星に住み着けば、いずれ循環が壊されて滅ぶことになるだろう。住み着くことを許す気はなかった『神』がそれを覆したのは精霊がメリサを気に入ったからだった。
「ただし」と神は言った。
 この星の循環に乗らないものを、持ち込まないことと作り出さないこと。それを守れない場合は容赦なく排除する。それが条件だ。

 当然のように、後から到着した移民団の政府はそれに反発をし、メリサたちの言い分を虚偽として取り合わず、好き勝手地表に降り立った。神の存在も定住の条件も否定した彼らは、開拓者たちを断罪して刑にかけようとまでした。
 そこで恐ろしいことが起こる。
『神』が姿を現し、政府とそれに加担する者たちをひねり潰した宇宙船とともに星の外に放り出したのだ。
 そのときにメリサたち開拓者は、神の加護を受けているかのごとく守られていた。その情景を目の当たりにした人々は神を恐れ、条件を受け入れた。

 人々は二分化した。開拓者を神の代弁者として敬う者と、加護を受けたいが為に媚びへつらう者。反対者が出なかったのは勿論あの情景を見ていたからだ。
 必要以上に持ち上げられ、特別視され、そして責任も負わされた8人は『神』の出した条件を後生に伝えるため、信仰を作ることになる。




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