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□誓い
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 また一匹モンスターを倒し、剣を鞘に仕舞うと彼女は振り返った。
「っしゃ、こんなもんだろ。次行くぞ。」
「おう。」
 強さのあるキリっとした表情で男言葉を使う彼女に、仲間2人は了解の返事をする。
 今頃始まりの街はどうなっているだろうか。一晩経った朝でさえ、人々はまだ混乱で行き場のない状態だった。
 放心した顔をした面々の殆どが、一睡もしていなかったようだ。
 彼女をリーダーとしたこのパーティーは、早々に街を出てきた。他にもそういうパーティーがいくつもあった。
 パニックに陥った民衆を見たくはない、というのが正直なところだろう。
 彼女らが始まりの街に転送されたのは、幸い、パーティーを組んで練習と称して小さなモンスターをかなり倒したあとだった。
 手に入ったお金でアイテムを買えるだけ買って持ってきているから、何とか次の街には辿り着くことが出来る。

「ルーズさん!私も今、新しいスキルが出ました!」
 ケイトが歓喜にぴょんと跳ねあがる。
「おう、おめでとう。」
 リーダーのルーズがパチパチ数回手を叩いて祝福すると、レイシーとナナもそれに倣った。
 ケイトは今一時的にこのパーティーに入っている、ゲストのようなものだ。次の街までの護衛を頼まれてのことである。
「最初のうちは自分で材料集めと資金集めするしかねーだろうし、ある程度強くなくっちゃな。その調子で頑張れよ。」
 そう言って長身のレイシーがポンっとケイトの肩を叩いた。
「はい!頑張ってお店出します!」
 彼女は料理スキルを上げて店を出す予定だ。
 意気込む彼女に、ナナがぼそりと呟く。
「…店買うの、めっちゃ金掛かるってよ。」
「………屋台…ぐらいならすぐ手に入るでしょうか…。」
 あはは、とルーズが笑って見せた。
 それが馬鹿にした笑いではないのは皆知っている。彼女は根っからの楽天家なのである。
「大丈夫だ。一歩一歩、だろ?」
 やってできないことはないさ、と根拠のない予想を自信ありげに言う。
 現実世界でならこういう人物に対して『いい加減』というレッテルを張ってしまうものだが、レイシーやナナ、そしてケイトには今、こんな明るい思考が必要だった。



 茅場の信じられない宣言を聞いて、「ちょっと待てよ。」とよく通る声を上げた男がいた。
 かなり長身の、強面のすらっとした中年だ。
 一個人の質問に答える気などなかったであろう茅場も気を引かれる声だった。
「ゲームのルールは理解した。でもなぁ、俺んちには餓鬼がいんだよ。稼ぎ手の俺が病院送りになっちゃあ、餓鬼どもが生きていけねえだろうが。」
 数秒の間が空いて茅場が言葉を向ける。
「御心配は分かるが、今はご自分が生還することを考えてはいかがかな?あなた一人がいないぐらいで、世間は子どもたちを見捨てたりしない筈だ。特にこの日本では。」
「ふざけんな。お情けで生かされてる状況になっちまったら、いろんなことを諦めなきゃなんねえ事態に陥るだろうが。」
「…了解した。プレイヤーだけでなく、その家族の保護も政府に打診しておこう。ただし、政府がどう動くかまでは私の責任ではない。」
 まだいい足りない様子の男だったが、茅場はもう聞く耳を持たないことを示すように次に進んだ。
 手鏡を全員に与えると、彼はゲームの始まりを告げた。

 始まりの街全体が発光して(実際にはプレイヤーたちが発光して)、次の瞬間にはアバターが解かれる。
 すると茅場にモノ申した男の姿は消えてしまっていた。
「レイシー、お前…背が伸びたか?」
 レイシーは否定の言葉を返しながらも目の前の人物が誰か解らず、混乱していた。
「……まさか……ルーズ…なのか?」
「ああ。なんだ、アバター解かれちまったのか。」
 鏡を見てやっと理解したルーズは、もう一度レイシーを見上げた。
 レイシーの方は、意識してアバターを似せてあったのか、相変わらずの美青年だ。
「お前は変わんねーな、あんま。」
「………あんた…女…なのか?」
 レイシーが混乱するのも無理はない。
 目の前にいた自分より背の高かった中年男が、今は20cmも見下ろす背丈の線の細い女性に変わってしまったのだ。
 ただ一つ、中年、というところだけは同じであるが。
「まあな。あ…アー、声も変わったか?」
 ルーズは何度も「あー」と声を出して変化を確認している。
 現実の自分の声とは違うのだろう。違和感があるらしい。
 しきりに声を出してから、横を向いて高校生ぐらいの体格のいい男の手を掴んだ。
「お前、ナナだろ?」
 掴まれた方は青ざめて逃げ腰になっている。
「ナナ!?」
 レイシーはまた驚きでパクパクと口を動かした。
「う、うるさいっ!見るな!俺を見るな!」
 背の高さは高校生だとすると中くらい、体型は太っていると表現して差し支えない。
 アバターは可愛い少女だった。当然、装備もそういったものだ。
「あはははは!気にすんなって、俺もこんなだしさ。」
 ルーズは肩を抱くようにしてナナを宥めた。
「早速装備変えに行こうぜ。」




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