霧の向こう

□グアンド
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「…でかいって聞いてはいたけど…。」
 グアンドの街の賑わいは、エディンの想像をはるかに超えていた。城下町でさえ都会だと思っていたのに、その何倍だろう、といった風だ。
「城のあたりは女王の意向で古い町並みを大事にしてるからな。無闇に開発できないんだ。」
 カードの言ったことに素直に感心して、エディンは唸る。建物も店の並びも珍しいものばかりで目を奪われていた。
「お前ら、倉庫を借りろ。」
 ぶっきらぼうにそう言ったのはザイールだ。何故だか不機嫌な様子である。
「倉庫?…旅してんのに、ここに荷物置いてくわけに行かないだろ?」
 訝しげに返すエディンに、フェリエが「いえ、」と口を挟んだ。
「遠くからでも使えるように出来ますから、借りておきましょう。この先、この大荷物を持ったまま進むのは骨が折れますでしょう?」
 あはは、とキャムが苦笑いで自分の担いでいる荷物に視線をやる。
 山頂の村から使ったグライダーが、かなり邪魔になっていた。勿論重さもそれなりのものだ。
 こっちだ、とザイールが先を示した。
 ザイールにしてみれば、もうここで別れる約束なのだから正直なところすぐにでもサヨナラをしたいのだが、別れてしまったら背負っている二人用のグライダーの行き場に困る。彼の旅は基本、徒歩の一人旅だ。二人用のグライダーは無用の長物でしかない。かといって、あの村でしか使われていないようなものがいい値で売れるとは思えない。珍しさに買う者はいるかもしれないが。
「大物はこのグライダーだけだろ。ベッドルーム程度の大きさがあれば充分だ。」
 システムが分からないエディン達に代わって、ザイールが貸主との交渉をした。面倒くさがらずにやるのは後腐れのないように整えておくためでもある。
 貸主から鍵を受け取って早速行ってみると倉庫の中は少々埃っぽかったが、それはフェリエの魔法ですぐに解決した。
「この辺りで宜しいでしょうか。」
 フェリエが入口のすぐ近くに立ってザイールに尋ねた。
「知らねーよ。俺は関係ねーだろ。」
 ふいっと横を向いてしまった彼を見てフェリエは困ったような笑みを浮かべてから、自分で納得したように小さく頷いた。
 屈み込んで床に陣を描く。
「何やってるんだ?フェリエ。」
「転送用の魔法陣です。これで何処にいても荷物の出し入れが出来ます。」
「描いた本人にしか使えねーけどな。」
 そう付け足して、ザイールは自分の持っているグライダーを一番奥に降ろした。
「んじゃ、ま、そういうことで。もう手を組むこたあねぇと思うが、俺んとこに厄介事を持ち込むなよ。」
 さっさと倉庫を後にする彼をマルタが捕まえた。
「え!?手を組まないって、一緒に旅してるんじゃないの?おじさん。」
「街までって約束だったんだ。じゃあな、嬢ちゃん。」
「ちょっと待ってよ。あたしに稼ぎ方教えてくれるって約束だったでしょ!?」
「ンな約束してねーだろうが!」
「したもん!!」
 心底面倒臭そうに眉間にしわを作るザイールと、腕を掴んで離すまいとするマルタ。
 その攻防を暫し眺め、カードが言った。
「この街なら仕事は山ほどあるんじゃないか?俺達も修行がてらしばらく滞在するから、マルタはザイールと組んで稼いだらどうだ?」
「いいね!!」とマルタが嬉しそうに言い、「馬鹿かお前!」とザイールが睨みを効かせる。
 と、エディンは笑った。
「好きにすればいいよ。俺達は滞在する。俺達だってギルドに行くつもりだし、仕事によってはバラバラになったり二人でやったりするだろ?暇な時間、マルタがどうするかはマルタ次第だ。」
 個人の自由、と言ってしまったら、自由奔放なマルタがどういう行動に出るかは目に見えている。ザイールがさらに顔を顰めるのを、エディンは悪戯っぽい笑顔で見遣った。
「それに、アンタはマルタの弓の師匠なんだから、もうちょっと面倒見てもいいんじゃないか?俺たちじゃ教えられないんだ。責任持ってほしいな。」
 少し戦闘に慣れてきたとはいえ、マルタの技術はまだまだだ。この先どんなモンスターが出てくるか分からないというのに、その程度の腕では一緒に旅をするのも難しくなってくる。
 ザイールはチッと舌打ちをした。
「…前金は俺のもの、成功報酬は9:1だ。」
 それではあんまりですわと言ったのはフェリエだ。これまでのこともあって、報酬の分け方が不公平に思えてならない。
「んじゃ聞くがネーちゃん、コイツが俺と一緒に闘って、どのくらいの働きが出来ると思うよ。」
 もしザイールが本気で掛かれば、マルタの出る幕はないだろう。かと言って、ザイールが手こずる敵を相手にした場合、マルタの力で助力になるとは思えない。
「いいよ!9:1だね!」
 フェリエが返答に困っている間に、マルタが元気よく答えた。
 溜め息を吐き、ザイールは観念したようだった。






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