氷菓

□幕間劇
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「おそよう」


目を覚ましたら、見知る女性が自分に覆い被さっていた。なんてエロゲーですか先輩。


「何やってんですか」

「起こそうかと。あ、ご両親にはちゃんと一声掛けて上がったわよ」

「んなこと聞いてません。とにかく、退いて」

「たってるの?」


返事をせずに、無理矢理退かせた。久しぶり会うけどこんな人だっけ?
身体を起こして壁に寄りかかる。先輩は床に。


「何しに来たんですか」

「言ったでしょ。デートって」

「……マジなんすか」

「マジよ、マジ」


里志くん曰わくの『女帝』事件。それから片手で数えられる数日後。つまり今日。この間、目の前の人からの連絡、なし。


「突然ですね」

「サプライズよ」

「いらんです」


笑う先輩に苦笑いを返す。


「いつ帰ってきたんですか」

「今日」

「…………」


相変わらず忙しい人だと思った。


「顔、洗ってきます」


着替えるために服も適当に選んで自室を出る。扉を閉めて、あっと思いつく。


「荒らさないでくださいね」


言いながら、扉を開けたらベッドの下に手を突っ込んでいる先輩がいて、なんだか冷めた気がした。






「ホータローくんにも同じことしてるんですかアンタ」

「まさか」


戻ってみれば物の位置が不自然に変わっている。
この人に何を言っても無駄なのは今までの経験上、理解してるのでとやかく言わないことにする。だけどアンタが後ろに隠してるモノ。そりゃダメだ。


「真琴が特別よ。ト・ク・ベ・ツ」


胸を強調しても嬉しくない。いや、ちょっとだけ嬉しいです。
ため息を吐き出して、話を変えることにした。


「それで、デートのプランは」

「何にも決めてないわ。ノープラン」

「自分が言い出したことには責任持とうぜ先輩」

「あ、デート中は先輩は禁止。供恵って呼びなさい」


めんどくせー。


「めんどくせー、って思ったでしょ、今」

「楽しみですね」


とりあえず、準備を済ませて家を出る。
夏休みも終盤、九月を目前としているのにまだまだ暑い。ふと家の中が恋しくなった。


「…ん、ホータローくんはどうしてました?」

「奉太郎? あんまり変化ないように見えるけど、結構しょげてたわ。ふふっ」


万人の死角。二年F組のビデオ映画はそう名付けられた。命名したのは我が古典部のホームズ、折木奉太郎くん。
彼は、入須冬実の策略に嵌り、ホータローくんの案は作品コンテスト優秀賞となった。脚本の本郷さんの思いとは裏腹に。
しかし、ホータローくんの案は見事なもので誰にも批判されなかった。作品としては申し分ない。ただ、里志くんと伊原ちゃんからは眉をひそめ、千反田嬢も首を傾げていた。
そして、ホータローくんは真実に気づき、踊らされた自分は感情的に。そう冬実から聞いた。


「それでね、今朝バイトに誘ったのよ。一日限りのプールの監視員。そろそろその時間じゃないかしら」

「彼がバイト…。重症ですね」

「いいクスリよ」


プランをどうしようか考えながら適当に歩いていると前方から人影。逆光で目を細めて見れば、冬実の姿。
挨拶代わりに手を上げてみせると、隣の供恵さんを一度見て、何故か睨まれた。こわい。


「二人で…どこか行くんですか」

「そ。デート」


わざとらしく挑発した先輩を目にした冬実は眉をぴくりと震わせた。


「真琴」

「は、はい…っ」


どうしてだろう。敬語になった。
静かに歩み寄る冬実。多分、自分の顔は今、ひきつっている。


「…………」

「…………」

「………くくっ」


笑いを堪えるに堪えられていない先輩の喉を鳴らす音だけ聞こえる。
手の届く位置で睨まれる俺はカエルで冬実がもちろん蛇。


「これに見覚えは?」


そう言って冬実が見せたのは一枚のチケット。それは開店記念と書かれたプール無料券。夏のはじめにオープンした隣町の新設アトラクションプールのものだ。


「見覚え、あるの?ないの?」

「あります」

「そうよね。先日にあなたが一緒行こうと言って渡したんだから」


今になって思い出した。
どうやって手に入れたかは知らないが、父親がくれたもの。
古典部メンバーよりも、冬実がはじめに思いついた。だから彼女に一枚渡して、一緒に行こう、そう…言った気がする。
で、約束した日が今日。
これはダブルブッキングというやつか。


「……どうしようか」


女性二人に挟まれて、笑う。冬実の目つきが鋭くなった。すみません。


「真琴、一枚余ってないの?」


あ。

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