Scream of Under Pressure

□Episodio 01
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車内はこれと言った会話も無く、ぐんぐんと町外れ―言うなればド田舎まで車は走っていく。更に一時間ほど走ったところで、とうとう無言空間に耐えられなくなった歌蓮はリゾットに話しかけた。

「ネエロさんはイタリアーノですよね?とても背が高いですね」
「ん?あぁ、シチリア出身だ。身長はまぁ…親譲りと言ったところか。音無は」
「歌蓮で結構ですよ」
「そうか、俺もリゾットで構わない。歌蓮、お前はジャポネーゼか?」
「ええ、日本人です。リゾットさん」
「敬称は要らない」
「…リゾットから見ればやっぱり解りやすいですよね」

二言三言話すとまた無言空間。上手く会話が繋がらないぎこちなさと、目的地へ着こうとしない道のりに一方的に気まずくなった歌蓮は、何の気なしに窓を流れていく景色を見ていた。

「ところで歌蓮、お前…何を警戒している?」
「へっ?」
「どうして、そう思うんですか?」
「お前、緊張か警戒をしているだろ。俺に対して…それかこの先に対して」

唐突にリゾットが口を開いた。反射的に聞き返した歌蓮は膝の上で組んでいた手をきゅっと握りなおし、依然前を向いて運転するリゾットを見遣る。
リゾットは一瞬目線だけをこちらに向けてすぐに運転に集中するように前を向いた。

「俺たちの評判でも聞いたんだろう。そうだろうな、確かに間違っちゃあいない」

一拍おいてから言葉をつなげるために口を開く。その時前を見据えるリゾットの黒い瞳は、獲物を見つけた猛禽類のように鋭い眼光に変わった。

「だがそれは俺たちの実力を見下す奴らの評価だ。俺からすりゃあそんなくだらねェ評価は気にする必要性が無い。大抵そういう事を言う奴らってのは周りの連中に流されちまうような奴らだ。俺たちは俺たちだからな……ただ、俺たちはどのチームより結束力はあると思っている。協調性は無ェだろうけどな」

そう言ってクスリと笑うリゾットを見て、仏頂面の鉄仮面男も笑うこともあるのだ、と歌蓮は思った。それと同時に、彼とその仲間たちを信頼してやっていこうという強い思いが芽生えた。

「それから」

更にリゾットはつなげる。リゾットの中ではとても引っかかる部分なのか、眉を寄せながらこちらをチラリと見遣る。歌蓮はそれに対して首を傾げることしかできない。

「お前、何故しゃべり方を態々変えている」

疑問符もつかないその言葉に、歌蓮は内心ぎくりと心臓が撥ねる。これから暗殺チームで世話になるのだから、改めなくてはいけない。ある意味で悪い癖だと内心自嘲しながらリゾットの方を向く。

「どうして解ったんですか…?」
「なんだ、本当に違うのか」
「…は?えっと、これはその、つまり…カマをかけたってことですか」
「そういうことだな。それでも確かに疑問には思っていた。諜報チームの奴から聞いていた情報と差異があったからな」

歌蓮はリゾットの質問に間抜けな返答をしてしまった事と、今はもう顔と名前くらいしか思い出せない元上司への恨み言と悪態を頭の中で投げつけながら答える。

「たしかにそうですけど…初対面ですし、失礼じゃあないですか」
「だが」
「大丈夫です、隠れ家に着いたらちゃんと戻しますから」
「……そうしてくれ」

深いため息を吐きながらもリゾットは納得してくれたようだ。そこで会話をきって運転に集中しようとしていたリゾットは「あ」とつぶやく歌蓮に相槌を打つ。

「そういえばなんですけど、暗殺チームではリゾットはやはり“リーダー”と呼ばれていますか?」
「いや。皆名前で呼び合っている…が、任務中はそう呼んでいる奴もいるらしい」

「そうなんですか、私は新入りですし“リーダー”と呼んだほうが良いですか?」
「歌蓮の好きにすればいいぞ。強制はしないが」
「わかりました。じゃあ、リゾットと呼びます!あ、そういえば――……」

リゾットは内心良く喋る娘だと思った。それは逆に考えてみれば、セーフハウスに着くまで無言だと彼女の中で緊張や心の中で何か問題が生じるのだろう…と自己完結した。
書類に書かれていた年齢にそぐわない、頼りないほど細い手足や小柄な体躯は見た目以上に幼い少女のように見える。

「あの、リゾット?聞いてますか?」
「え?あ…すまない、聞いてなかった」

いつの間にぼんやりとしていたのか解らないが、歌蓮の声を聞いてハッとしたように返事をする。幸運なことに運転と道のりだけは何とかなっていたらしい。

「ですから、暗殺チームの皆さんは何人いるんですか?って聞いたのに…ずっとどこか遠くを見てましたよ?」

ちゃんと気をつけてくださいよ、とクスクス笑いながら歌蓮は正面を指す。ちょうど信号が進行に切り替わったところだ。リゾットは少しだけ気まずそうに咳払いをして、アクセルを踏みながら頭の中でメンバーの数を数えた。

「そうだな…俺を含め9人だな」
「わっ、大所帯ですね〜!私が加入すると10人かあ…うわぁ、すごいなあ」
「フッ…皆個性的で“良い”奴らさ」

メンバー、個性的。このフレーズでふと思い出したことがある。さて、どうしたものか…そろそろ頃合だろう。とリゾットは思い立ち、路肩に車を押し込むと「ちょっと待て」と歌蓮に言って、後部座席に乗せておいたカンパニア州の地図をアコースティックギターの下から引き抜いて、歌蓮に見せるように待ち合わせだったカフェテリアあたりを指差した。

「ここがネアポリスのカフェテリア、それで…隠れ家はここだ。それから、現在地は…おそらくこのあたりだろう」

隠れがある場所はサレルノ、それもティレニア海が一望できる高い場所らしい。そして現在地はなんと―…

「メルフィ!?ちょっ…何でこんなへんぴな田舎まで…?どうりで長い旅だと思ったわけだよ!」
「仕方ないだろう。ここを迂回するよう決めたんだから」
「…はァ。どういうワケ?」

納得できるような出来ないような、訝しげに眉を寄せる歌蓮に―おそらくこれが歌蓮の“素”なのだろう―リゾットは内心驚いたが、その態度を気に入ったのか楽しんでいるような口ぶりで笑う。

「悪かったよ。お前がどんな人間なのか、信用に値するのか。それをみる為に遠回りで走らせてたんだ」

リゾットは歌蓮の目を見ながらおどけるように地図を後部座席に放り投げた。そのときギターの弦に触れたのかジャーンと間抜けな音が鳴った。歌蓮は納得しかねるのか、訴えるような強い眼光をリゾットに向け続ける。

「たしかにさァ、紙面で素性はわかっても人間性は解らないよね。素性がわからないヤツを隠れ家に連れて行きたくないのも解るよ。でもね、そうじゃあなくて。ここまで来るのに2時間半ちょっとも費やした。隠れ家までは2時間以上の素敵な旅になるっていうの?」
「…わかった、此処からはなるべく飛ばそう。そうすれば2時間内に着くだろう」

その、悪かったな。リゾットは小さくそう言ってバツが悪そうにワザとらしく運転に集中する…フリをした。



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