Scream of Under Pressure

□Episodio 08
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シンと静まった室内にはカタカタとキーボードを叩く音が響いていた。プロシュートから報告書という名の雑な手書きメモを渡されたリゾットは、モニターに映る清書した報告書に目を通す。
暗殺チームを管轄する幹部へ宛てた内容の備考欄にいくつか文章を書き足していく。真っ黒な瞳が文字列を追いかけ、ひと段落とばかりにふうとため息を溢したリゾットは、冷めてしまったジンジャーワインに口を付けながら、先ほどのやり取りを思い出すように目を伏せた。



「――つまり音無歌蓮は暗殺チーム(俺たち)に異存があろうがどうこう出来るものではない、と。そして暗殺者としても適正はある」
「ああ。歌蓮を“飼ってた”暗殺者は腕利きだぜ、かなりヤバイ。そいつらに育てられたんだ、使える女だと俺は思う」

歌蓮が昔世話になったという暗殺者たちの技術を取り込んでいるのを目の当たりにしたプロシュートは低く唸った。

「そーいう訳だ。警戒を解いてもいいんじゃあねーか?」
「ただの念押しさ。警戒ってほどじゃあねえ」

プロシュートから任務外で得た歌蓮の情報を聞いたリゾットは、監視を任せているホルマジオに撤退するよう短いメールを打つ。携帯電話を操作するリゾットの声色は幾分軽やかに聞こえた。
携帯電話から手を離しフゥムと考え込むリゾットの動向を目で追いながら、プロシュートはその答えを待つ代わりに薄く窓を開け、愛煙している煙草に火を点けた。

「……これからの仕事は必ず彼女を組ませる。全員に」

『全員』を強調するように結論を出したリゾットに、プロシュートは露骨に顔を顰めた。
車内で聞いたイルーゾォのぼやきは本当だったのか、何のための教育係なんだと言いたげな表情を隠す気のないプロシュートは薄く開けた窓に向かって紫煙を吹き、冷たい夜風のような険のある鋭い声色で言い放つ。

「仲良しゴッコがしたいなら勝手にやってろ。俺を巻き込むな」
「そうは言ってねえ。歌蓮に足りないものを仕込めと言っている」

鉄面皮のまま淡々と告げるリゾットの様子に、プロシュートは次第に語気が荒くなるのを感じた。

「だから。それがイルーゾォの役目だとお前が決めたじゃあねーか。それとも何か、ヤツを信用してないか?お前が?…らしくもねえ」
「落ち着け、忘れたか?“俺たちも時に協力する”と言ったぞ。俺たちも、だ」

呆れた眼差しのプロシュートはこのまま平行線が続くと思った。しかしだめ押しとばかりに告げたリゾットの一言にぐっと押し黙る。

リゾットの言わんとすることはプロシュートにも理解できる。彼に得手不得手があるようにイルーゾォにもあるだろう。そのフォローアップは暗殺チームの一員として然るべきである、ということなのだ。
ただ、唐突なあと出しジャンケンを仕掛けられたような理不尽に苛立つ気持ちに納得がいかないのだ。

「チッ…!いいだろう、解った。だが俺の片手が塞がってることを忘れんなよ」

プロシュートは盛大な舌打ちと共に、渋々了承の意を示すとデスクに1枚の紙切れを滑らせ、紫煙の帯をはためかせながら早々に部屋を出ていった。
リゾットはそれを無言で見送り、ああ言うクセに面倒見が良いプロシュートの性分を思い、低く忍び笑いを溢しながら資料室の扉に手を掛け、押し付けられた報告書の作成のためパソコンを起動させたのだった。



面倒見が良い兄貴分とはいうものの、プロシュートばかりに負担をかけるのは得策ではないと結論を出し、すっかり冷めてえぐ味の際立ったジンジャーワインを飲み干す。すると、タイミングよくパソコンから通知音が鳴った。
リゾットはカップを脇に寄せ、たった今上層部から送られてきたメールに添付された指示書を開き目を通した。コツコツとマウスを操作する指で叩き、次の任務に適任なのは誰だろうかと考える。
ややあってリゾットはデスクのメモ帳にさらさらと名前を書き込みながら指示書を印刷すると、印刷の済んだ指示書を名前を書いたメモと共にファイリングし、報告書のログを作る作業へ戻った。

再びキーボードを叩く音が響き、やや長くなってしまった備考欄の文字列を目で追うと、紙媒体とデータ用に保存をかけ、メールの返信に先ほど作った報告書を添付し送り返した。

そしてこれから来るであろうお手伝いの報告も聞かなくては。まだまだ仕事は終わらない。
リゾットは夜通し続く仕事のお供としてブランデーココアを作るため、資料室から離れた。



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