夢追い少女は星屑を掬う

□Episode 01
1ページ/4ページ



11月もあと少しで終わりを告げる季節、まぶしい日差しがもえぎの背中をぽかぽかと暖める。通学路の並木に留まる鳥のさえずりも心地がよい。
長閑(のどか)な秋晴れの中、意識をぼんやりと宙に飛ばしながら、蓬川もえぎは長い睫毛にふち取られた形のよいネコ目を、憂いを孕んだため息と共に伏せ、ひとり通学路を歩いていた。

住宅街を通り過ぎる頃には、寝ぼけ眼を擦ったり、友達と昨晩のテレビの内容を話したりする学生たちであふれ、もえぎの目の前には女子生徒の集団が出来上がっていた。

「あ、JOJOだわッ」
「え!JOJO!」
「ほんとだ、JOJO」

女子生徒の集団のひとりが誰かを見つけたようで、声を弾ませる。それは瞬く間に広がり「おはようJOJO」の連鎖が始まると、女子生徒のみで構築された囲みがあっという間に出来上がった。
その中心に、ひと際背の高い学帽が見えた。その帽子の持ち主はもえぎの1学年先輩の空条承太郎だ。

「JOJO、4日も学校休んでなにしてたのよ?」

囲みからひとり抜け出した女子生徒が、空条承太郎の腕に絡みつき、甘えるように声をかけた。まるで微笑ましい青春のひと枠のようにも見えたが、女子生徒の囲みができるほどに人気の空条承太郎相手には、そう上手く事は運ばないらしい。押し退けられた女子生徒のひとりが、食って掛かったのだ。

「ちょっとあなた!JOJOの腕になにこすり付けてんのよ。なれなれしいのよ、離れなさいよッ!!」
「なによブス」
「うるさいわね、ペチャパイ」

肘で強く押したのがいけなかったのか、空条承太郎の腕から離れた女生徒は、食って掛かってきた女生徒に向かって暴言を吐いた。
そこからはこのふたりの女生徒による、驚くほど低俗な暴言のぶつけ合いだった。「ブス」と「ペチャパイ」の2語のみが飛び交う言い争いを後ろから見ていたもえぎは、うるさいという意味を含ませたため息をついたが、気色ばむ女生徒たちは気にも留めてないようだ。

「やかましいッ!うっとおしいぞォ!!」

空ろなため息が宙に溶けた直後、眉をしかめた空条承太郎が一喝する。一瞬、水を打ったように静まり返ったが、咆えられた女生徒ふたりは嬉しそうにキャアキャアはしゃぎ、関係ない周りの女子生徒たちもはしゃぎ、まったくの逆効果となってしまった。

頭に響くような黄色い悲鳴にもえぎは眉間にしわを寄せて、空条承太郎とその取り巻き立ちの背中を心底迷惑そうに眺めた。


取り巻きを鬱陶しそうに掻い潜った空条承太郎は、背後の黄色い悲鳴を無視して階段を下っている。もえぎは「あの空条先輩から近いところから降りるのはいやだなあ」と小さくため息をつき、少しだけ距離を取ると、ゆっくりと石段を下った。

長く続く石段の中腹に差し掛かったその時、前を降りる空条承太郎の身体がガクリと崩れ落ち、石段を踏み外した――…!

「きゃああぁぁ!JOJOォーーーッ!!」

その瞬間、もえぎは空条承太郎の足元をサッと素早く駆け抜ける“蛇のようなもの”を見た。
女子生徒たちが悲鳴をあげる中でもえぎは素早く辺りを見回した。どうやらあの“蛇のようなもの”を見たのは自分だけらしい。一層甲高い悲鳴が響き、もえぎは女子生徒たちと同じく空条承太郎を見遣った。
彼は真っ逆さまに落下しているにも(かかわ)らず、悲鳴ひとつ漏らす事無くとんでもない事をやってのけた。

鞄を放り投げた右腕から、逞しく筋肉が盛り上がった腕が現れたのだ。その腕は淡い夜空のような色に輝いていた。がっしりとした腕から伸びる大きな手は、手近な木の枝を掴み、最小限の衝撃で真下に滑り落ちた。

「あ、あれは…!?みんなには見えてなかったというの…?」

目にすることの無い奇怪な現象にもえぎは声を震わせた。ほんの小さな声で呟いたそれは誰にも届かなかったようで“草むらに消えた蛇”と“不思議に輝く腕”に思考を攫われたもえぎを通り越す女子生徒たちは、心配そうに色めき立ち石段を駆け下りていく。

目の前で人が石段を踏み外したというのにそれを無視して通り過ぎるわけにもいかず、もえぎはもう一度“不思議に輝く腕”の姿が間近で見られるかもしれないという好奇心に駆られ、心配そうにしながらもバッチリ自分をアピールする女子生徒たちに倣って空条承太郎へ近づいた。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ