夢追い少女は星屑を掬う

□Episode 06
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飛行機が不時着したのは、香港沖35キロ地点。もえぎたちは香港上陸を余儀なくされた。
一時は死の片鱗を垣間見た恐ろしいフライトだったが、幸運なことにジョセフによる、危うげな不時着の際に犠牲者が出るようなことはなかった。またスピードワゴン財団の手回しのおかげか優先的に救助を受けることができ、朝日が昇るのを待たずして香港上陸を果たせた。

もえぎたちは、財団が手配したホテルに逗留している。
一刻も早くエジプトへたどり着きDIOを探さなくてはいけないが、一行は救助ヘリを待つ明け方を海上で過ごし殆ど寝ずにいたため、わずかでも休息が必要だと判断したのだ。
数時間とはいえ、ハイクラスのホテルに滞在できるとあってもえぎは少しばかり心浮き足立つ。
窓から見える景色は色鮮やかで、夜になれば100万ドルの夜景といわれる絶景が拝めたことだろう。だが花より団子、景色より休息とばかりにふかふかのベッドへ飛び込んだ。

心地よい仮眠は矢のように駆け抜け、ノックの音で目を覚ました。
ほんの数時間の仮眠でも十分に疲労が取れたようで、身体が軽く感じる。いそいそとベッドから抜け出して扉を開くと、蘇馬と花京院が呼びにきたようだ。

「はーい…あら、花京院くんにお兄ちゃん」
「やあ、よく眠れたかい?そろそろ昼食時だって、ジョースターさんが」
「うん、やっぱいいベッドはちがうよねー。それじゃあ準備、急がなくちゃあ」

「…あー。あのさもえぎチャン、その格好で行くの?」

花京院が集合を伝え、もえぎはセーラー服を翻しリュックを取りに戻ると、蘇馬はフレーム越しにもわかるほど眉をひそめて指をさした。もえぎはリュックを片手に、怪訝そうに蘇馬の視線を追う。
もえぎの小豆色のセーラー服のスカート下半分と、真っ白なハイソックスの上部分は、いまや赤黒く変色していた。

灰の塔の老人が事切れた際に腰を抜かしていたもえぎの制服は、広がった血だまりに染まってしまっていたのだ。
チェックインの際、救助のときに持ち出したブランケットを使って隠すようにしたが、時間が経ってより目立ってしまっている。
客室に入ってすぐ、せめてもと思い備え付けのタオルを使ってブーツの血糊をこそげ落とすことはできたが、そこで気力を使い果たし景色をぼんやり流し見してベッドに飛び込んだのだ。
どこへ行くにせよ、この格好のまま町に繰り出せば間違いなく警察のお世話になるだろう。

「これは…着替えた方がよさそうね」
「えっ、蓬川さん…着替え、あるのか?」

驚く花京院にもえぎはまあねと頷いて、リュックの中にしまっていた服を覗かせた。
黒地に白の格子柄のリュックの中身は、最低限だが着替えの服が一式、洗い換え用の下着と靴下、パスポートと財布、今となっては心もとない救急キットが入ったサニタリーポーチ、お気に入りの棒付きキャンディー、そしてチャックつきのポリ袋が数枚。
空条邸に再集合する前に、部屋中をひっくり返してリュックに詰め込んだのだ。

もえぎはすぐ着替えるからと断りを入れて扉を閉めた。制服を脱ぎ最小限まで折りたたむと、血で染まった部分がパリパリと音を立てて血の粉を落とす。もえぎはおえーっと嘔吐(えず)きながら1番大きなチャック付きポリ袋に詰め込み、靴下も丸めて詰め込む。そしていつか時間ができたら絶対洗濯しようと決意した。

モスグリーンのTシャツを着込み、黒のキュロットスカートを穿く。上着に派手な幾何学模様のパーカーを羽織って、替えのハイソックスを履けば着替えは完了だ。
荷物の入れ替えによって少し重たくなったリュックを背負い、フラットブーツのジッパーを引き上げながら器用に扉を開く。着替えの済んだもえぎの姿を見留め、花京院は驚き目を瞠った。

「お待たせ〜。あれ、花京院くんどうしたの?なんかヘン…かな?」
「いや、そうじゃあないんだ。その…よく似合っているよ――」
「…?ありがとっ」

語末が聞き取れなかったが、褒められて悪い気はしない。前を歩く蘇馬と花京院がなにやら言い合っている背中を見ながら、もえぎは嬉しさに顔がほころぶのを感じた。



「とてもかわいらしい…か。直に言ってやりゃあよかったのに」
「なッ!蓬川さん、聞こえてたのかっ!?」

先頭を歩く蘇馬がいたずらっぽく眉を吊り上げた。花京院は弾かれたように蘇馬の隣に追いつくと、声をひそめて困惑する。
口内で転がしたつもりが、うっかり零してしまっていたようだ。焦った様子の花京院はチラリと後ろを歩くもえぎの様子を伺う。パーカーの袖を伸ばしては嬉しそうに笑うほかに変わった様子はみられない。どうやら蘇馬にだけ聞こえていたようだ。花京院はほっと息をつき、苦いものを飲むような表情で口を開いた。

「そーいうことは…あまり得意じゃあないんだ」
「ほぉー、そりゃせっかくの色男が台無しだぜ?つうかさ、その“蓬川さん”って呼び方、もえぎチャンとまざるだろ。蘇馬でいいよ、承太郎は“JOJO”なんだし」

何気なく言う蘇馬は頭ひとつ分高い位置でうろたえる花京院を面白そうに眺めた。花京院は誤魔化すような咳払いをして「では遠慮なくそう呼ぶ」と言った。

「蓬川さんは…彼女はとても不思議な女の子だ。制服姿の彼女はどこかクールな印象で大人びて見えた…だが実のところ、あーいう個性的な服もよく似合う、はつらつとした笑顔の明るい女の子なんだな――…まるで万華鏡のような女の子だと思うよ」
「おまえ随分ロマンチックなこと言うなあ……あっあー!おまえアレか、もえぎにホレたか」

詠う詩人のように柔らかく眦を下げた花京院を、驚きと困惑が混ざった眼差しで見上げていた蘇馬が、ふと眼鏡の奥の瞳をいたずらを思いついたチェシャ猫のように細めさせ、面白いものを見つけた子供のように囃し立てた。
花京院は自分が口走った言葉の意味を反芻すると、サッと顔色を変え困ったように眉をひそめて否定した。

「ち、違う!わたしは彼女は第一印象だけでは推し量れないと言いたいんだ!」
「ほぉーう?ま、アイツのよさは見た目だけじゃあ量れねーからな。オレのかわゆーい妹だし!つうかよオメー、そんなこっぱずかしいセリフ言えるなら、かわいいくらい言ったれよ」

花京院はうんざりしたように再三「得意じゃあない」と否定を繰り返した。
蘇馬は接した時間はわずかながらも、花京院という人物はふとした拍子に思ったことが口を衝くタイプなのだろうかとアタリをつけ、どっちにしろ気障なヤローだとため息をついた。

「アイツは人一倍さびしがりだからなー。支えになれるヤツかオレとタメ張れるくらい腕っぷしが立つヤツじゃなきゃあ、オレァ認められんけどね」
「君もなかなかしつこいぞ、そうじゃあないと言ってるだろう。それにしてもなんというか…シスター・コンプレックスが過ぎないか?過保護になることもないだろう?」

花京院の何気ない問いに、蘇馬は今までの軽薄な態度を陰に潜ませると、凪いだ冬の海のような暗く澄んだ声色できっぱりと「暗い話しになっちまうけど」と前置きをした。

「オレらの父ちゃん母ちゃん、けっこう昔に死んでんだわ。育ての親みたいなかんじで叔母ちゃんたちがいるけどさ…“心の通じる家族”ってのはもえぎしかいないからさ、つい構っちまうんだよなあ。ホントは危険に巻き込みたくなかったんだが、事態はのっぴきならんわけだし――…まあ、そーいうわけで過保護にもなるさ」

表情を一転させカラリと笑う蘇馬に、花京院は思うところがあったのだろう。瞳を伏せ「気持ちはわからなくもない」と静かに言った。



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