短
□概ね今日も生きています
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※Scream of Under Pressureヒロイン
「そんな所にいたのか」
気持ちのいい春風につられて屋上で愛用のギターを鳴らしていると、甘く色を感じる声が階下から聞こえてきた。
その声にギターを撫でる爪を止めて縁から見下ろすと、階下のバルコニーで洗濯物を干すプロシュートが白いシャツを片手にこちらを見上げていた。
ずいぶん所帯染みた作業なのに、このハンサム顔がやるだけで何故か特別なものに見えてくるんだから、不思議でならない。
「あらプロシュート。オフだからね、ヒマなの」
「そんじゃあお前、下に来いよ。イイモンやる」
「やった!すぐ行くね」
長いまつげに縁取られた目を細めたプロシュートは、バルコニーより更に下の、キッチンから続く庭を指している。私は了解とばかりに手を振って、アコースティックギターを部屋に戻して階段を駆け降りた。
普段なら不機嫌なソルベか、不機嫌じゃあないギアッチョのどちらかが「うるっせェー!」とかって怒鳴るけど、幸いあのふたりは出掛けてるし、気にする必要も無い。
パタパタとルームシューズを鳴らしてリビングからキッチンへ滑り込むと、プロシュートはまだついてなかった代わりに、カウンターには春のフルーツがたっぷり詰まった赤ワインのデキャンタとレードルが。
昨晩任務の帰りにキッチンを覗いたとき、プロシュートが仕込んでいたものだ。
赤ワインに沈むカットされたイチゴやキウイなんかの春のフルーツの隙間には、ミントとシナモンスティックがちらほら見える。ふわりと赤ワインの芳醇な香りが鼻を掠めて、わけも無くふふふと笑いが零れた。
私はスツールに腰掛けて、ほんのり汗をかいたデキャンタを眺めながらプロシュートを待った。
暫くすると何時もよりうんとラフな格好のプロシュートが、春の強い日差しのせいでかいた汗を拭いながら、キッチンへやってきた。
そして冷蔵庫からキンと冷えたグラスをふたつ取り出して、ワイン漬けのフルーツたちを掬ってはグラスへ盛り付ける。
「ヒマなら氷出して砕いてくれ」
着々と出来上がるフルーツ酒に見蕩れてる私に、プロシュートは後ろ手で冷凍庫を指した。
お相伴するわけだし、これくらいは手伝わなくっちゃあね。冷凍庫で眠る袋詰めの氷を数個ポリ袋に入れて、キッチンの主の片割れが後ろにいるから、少し手間だけどカウンターを傷つけないようにタオルの上で肉叩きのハンマーで砕く。
いびつなクラッシュアイスにプロシュートはまあまあだなって笑って、クラッシュアイスとデキャンタのワイン、それから甘い炭酸水をグラスに注いで細長いスプーンを添えた。
今の時期にはちょっと早い、春のサングリアの完成だ。
キッチンから続く裏庭の、パーゴラ下のリクライニングチェアーに腰掛けて、プロシュートお手製のサングリアを飲む。
しゅわしゅわと弾ける炭酸と甘酸っぱい春のフルーツ、赤ワインの風味を引き立てるスパイスは、まさに完璧としか言いようがない。
「さっすがプロシュート兄貴!スッゴク美味しい」
「ハッ、そりゃどーも…――そんじゃあなにか歌ってくれよ」
プロシュートは長い脚を組み替えて、気分よく微笑んだ。
メンバーの皆からは偶にリクエストは貰うけど、彼からのリクエストは実は今がはじめて。
「めっずらし…まあ、美味しいおやつのお礼になるか分んないけど」
そう言ってグラスをくるりと回して即興のフレーズを作る。久しぶりだけど……うん、大丈夫そう。
たんたんとつま先を鳴らしてリズムを取って……あー、ギター持ってくればよかったかな?なんて小さな後悔を思いながら、すうっと息を吸った。
真っ赤なブドウ酒 たっぷりのイチゴ
ブラッドオレンジ キウイフルーツ
ミントとシナモン 混ぜて寝かせる 冷たいお酒
砕き氷と炭酸水の フルーツの祭典
なんて素晴らしい春の飲み物!
我ながら子供っぽいなと感じる出来を誤魔化すように、グラスの上澄みを啜る。
プロシュートはというと、拍手はしてくれたものの、どこかいじわるそうに口角を吊り上げている。そして完璧な容貌を崩すことなく、口を開いた。
「悪かないが評価は“Sufficente”ってトコだな」
「えー?せめて“Distinto”でしょ〜〜?…――っていうか子ども扱いしないでよ!」
薔薇色のフルーツ酒を片手に、クスクス笑うプロシュートにのせられちゃったけど…なんで小中学生の通知表なのよ!しかも“S”だなんて!下から2番目じゃあない!!
ムッとしながらサングリアを飲み干す。
形のいい唇を歪めていじわるく笑う、サングリアを作ってくれた色男には色々言ってやりたいけど、お酒に罪はないもの。
ああ、腹立つほど美味しい。
グラスの底のカットフルーツたちをスプーンで掻き込みながら、忌々しいハンサム顔を睨めつけるけど、当のプロシュートは私をからかうようにトロンとしたアイスブルーの瞳を細めている。
そして私の手から空のグラスを奪うと「これはリクエスト代な」と気障ったらしいけれど様になる完璧なウィンクを飛ばして、2杯目のサングリアを作ってくれた。
「そうだな…次は海の歌が良い」
「なんでもいいの?」
「ああ…お前の知ってる曲なら」
「オーケー、それじゃあ……――」
あんまり手入れしてない草だらけの庭、心地よい春風、木々のざわめき、春を告げる鳥のさえずり。
つかの間の休息に、歌う私の気分も高揚する。
私はおかわりのグラスを片手に深く息を吸い込んだ。
概ね今日も生きています
Fine.
お題:ポケットに拳銃