□You And I 憧憬と妹心
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※夢追い少女は星屑を掬う ヒロイン


「ふあぁ…っくしゅん!」
「ありゃ、寒かったか?」

あくびのついでに盛大なくしゃみが飛び出た。
今日の同室であるジャンが振り返る。彼は窓を閉めようかと寛いでいたソファーから立ち上がるので、あたしは口を覆いながら、それを止めるように「大丈夫」と答えた。

「生乾きのままの髪でいたからなんだと思う。ちょっと乾かしてくるね」

そう言ってバスルームでドライヤーをかけようとすると、ふいに名前を呼ばれた。バスルームから顔を出すと、ジャンは少しためらうような素振りで「ドライヤーを持ってこっちきなよ」と言う。

「髪乾かしてやるよ」
「え、悪いよ……それにジャン乾かすの雑そうだもの」

小さな声で言ったつもりだったけど、バッチリ聞き取れてたみたいで、ジャンは少し不満気な顔であたしを見る。

「なーによ。俺の髪型、毎日キマッてんだろ?ケアくらいできるっつーの!まかせとけって」
「んーじゃあお言葉にあまえて、おねがいしまーす」

冗談めかして言うジャンに背を向けて大人しく座ると、間も無くスイッチの音と温風が当てられる音が耳に届く。
ゴツゴツしたジャンの大きな手のひらが、あたしの髪をすくっては丁寧に温風を通していく。
誰かに髪を乾かしてもらうのなんて、いつぶりだろう。小さなときに、叔母さんやお兄ちゃんにやってもらって以来だからか、少しくすぐったい気持ち。

「なんか、少し恥ずかしいね」
「そうかあ?まあ俺も昔やったっきりだなァ…」

本当のところは分からないけれど、きっと妹さんのことを思い出しているのかな。ドライヤーの音に紛れて聞こえたジャンの声は、いつもより少し穏やかなものだった。



温風から冷風に切り替えて、乾き具合の最終チェックをしたジャンは、かちりとドライヤーの電源を落とした。

「ほい、いっちょあがりだ。どーよ?」
「うわあ〜、サラッサラ!すごいのね!ありがとうジャン」

出来栄えに自信たっぷりなジャンは流暢な発音で「Pas de quoi.」と言う。聞きなれない言葉にびっくりしたけど、フランス語できっと「どういたしまして」って意味なんだと思う。
この旅でたまにある、ジョースターさんやジャン、アヴドゥルさんの母国語でのちょっとしたひと言は、慣れてきたと思うけどやっぱりびっくりしてしまう。
でもこんな小さなやりとりも大きな冒険の醍醐味だと思えた。

なんだかうきうきした気持ちのまま、ブラッシングしようとリュックのポーチからブラシを持ち出すと、またもジャンに取り上げられてしまい、あたしはまさか?と思って振り返った。

「もうちょい、な」

いたずら顔かと思えば、あまり目立たない薄い眉毛がへにゃりと歪み、ジャンはお願いするような口調でブラシを持ち直した。
そこまでしてもらうのは申し訳なかったけれど、なんだかいつもと雰囲気の違うジャンに、あたしは素直にうなづいて背を向けた。

さくさくとブラシが髪を通り、毛先から真ん中、真ん中から頭皮へと手順を踏むようにゆっくり丁寧に髪を梳かれる。

「…ねえ、いきなりどーしたの?」

思いきってそう尋ねると、ジャンの手が一瞬止まったのを感じた。何事も無かったかのように髪を梳くブラシは動くけど、きっと、なんて答えるべきか迷ってるんだと思う。
少しの沈黙の後、ジャンは少しだけ迷ってるような雰囲気で口を開いた。

「君の後ろ姿は妹によく似ている。いや、妹のほうが少し背は高いか。それに髪もこんなに真っ直ぐではなかったな」
「……」
「…こうやって妹によくやってやったなあ。君ら兄妹を見てるとシェリーのことを…よく思い出す」
「あたしたけじゃあなくて、お兄ちゃんも?」
「ああ。ガキの頃の思い出さ。おてんばなシェリーになんども振り回されたり、俺がケガしてシェリーになんども心配かけちまったりな。この旅を通して君らを見てるとあの頃を思い出すんだ」

ムードメーカーで明るく陽気ないつもの声ではなく、妹さんを想う兄の声に、むず痒い気持ちになる。
隣の部屋でぐーすか寝てるだろうお兄ちゃんも、ジャンくらいの歳になったときに、こうやって幼い頃を思い出したりするのかな…なんて思ってたら。

「ジャンが辛くなければ。シェリーさん…妹さんにはなれないけど。旅の間、あたしのこと妹だって思えばいいんだよ!」
「…え?」

あ、やばい。すごい馬鹿なこと口走った気がする。呆けたようなジャンの声に、じわじわと恥ずかしさがこみ上げてくる。
振り返ることも撤回することも出来ず只管俯いていると、後ろの方で笑いを噛み殺しきれない忍び笑いが。
ああ、ホント。なんであんなこと口走ったんだろ。なんて後悔していると、ジャンは忍び笑いを漸く引っ込めて、あたしの髪を梳いてたブラシを離した。

「悪ィ。なんつうか…君も君の兄貴も、承太郎や花京院だって。この旅の仲間であると同時に、弟分妹分だと俺は勝手に思ってた。君がそう言ってくれると、こんな嬉しいもんなんだなァ」

梳いたばかりの髪をぐしゃぐしゃにしないよう、ポンポンと頭を撫でられる。
嬉しさを噛みしめてるような声のジャンに、あたしはなんて言っていいかわからなくって。
うちのお兄ちゃんよりも兄らしい“フランス人のお兄ちゃん”に、小さく頷くことしか出来なかった。

不器用な兄貴分と妹分の、とある夜の一幕。




You And I
憧憬妹心




Fin.

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